薔薇に酔う


二人と別れたあと、アカリは二つの紙袋の中身と木箱に入ったワインをサフィアに渡し、保管するよう頼むと夕食も食べずにベッドに潜り込んだ。久しぶりの外出は相当な疲労感と眠気をアカリに与えたようだった。

次の日、アカリはすっきりと目を覚ますことができた。時計の短針が11を指しているのを横目にカーテンを開ける。どんよりとした雲が空を覆い、太陽の姿は全く見えなかった。
次いでバスルームに向かったアカリは衣服を脱ぎ捨てると蛇口を捻り、頭から熱いシャワーを浴びる。湯船に浸かりたいところだったがあまりのんびりしてはいられない。タオルで髪の水気を拭いながら部屋に戻ると昼食の用意が既にされてあった。忙しいのか、サフィアの姿はない。
タオルを置き魔法を使って髪を一瞬で乾かすと大皿に乗ったサンドイッチに手を伸ばす。…………たまごサンドだ。
もぐもぐと咀嚼しながら時計を見やると既に12時を回っていた。慌てて残っていたサンドイッチを口に詰め込むと紅茶で流し込み、クローゼットを開け放った。
女の人と買い物をするなんてこちらに来てからは初めてだ。真っ白なニットと赤いチェックのスカート、厚手のタイツを履くとブーツの紐を結び深緑色のローブを羽織る。
ポシェットを肩に掛けながら時計を見てみると12時30分を指している。
よかった、30分前に出れそうだと息を吐いたアカリはその場でブーツの踵を鳴らし、姿をくらませた。

***

かつり、と再度踵が音を立てアカリは視線を上げる。相変わらず、ここ漏れ鍋では何人かの魔法使いがお酒を片手に何やら話し込んでいる。アカリの姿を見つけた店主のトムはにっこりと笑うと話しかけてきた。

「こんにちは、今日もマグルの街へ?」
「いいえ、今日はダイアゴン横丁に来たんです」

昨日はどうもありがとうございました、とお礼を言うとトムはウインクで返した。気さくで人懐こい、とてもいい人だとアカリは思った。

軽く挨拶をし漏れ鍋を出て何分か歩くととても立派な建物が見えてきた。グリンゴッツだ。金庫からお金を引き出しておこうと考えたアカリは中に入り、たくさんいる小鬼の一人に細やかな細工が施された銀の鍵をポシェットから探り出し、差し出した。

「ソフィア・バーネットの金庫をお願いします」
「承知いたしました」

ソフィア・バーネット、というのはもちろん偽名だ。
ヴォルデモート卿が所持している金庫のうち、唯一の女性名義−−−何故女性名義なのかは知らない−−−である
ものがアカリに与えられたのだった。

小鬼の細長い指が確かめるように鍵に触れる。次いで鍵を掴むと高い椅子の上から降り、こちらへ、と歩き始める。その小さな背中を追いアカリも歩き始めた。
トロッコに乗り、無数にあった金庫のうち一つの前で降りる。
扉を開けてもらうと中へ一歩入る。そこには無数の金貨が積み上げられており、キラキラと光を反射して眩しく輝いていた。

いつ見ても凄い光景だと思いながら膝を着き、持ってきた二つの袋に金貨を詰め込み始める。どちらの袋もパンパンに膨らんだ頃、紐を縛ってポシェットに入れながらアカリは立ち上がった。そしてまたトロッコに乗ると、物凄いスピードで発車した。まるでジェットコースターのようだ、と頭の隅で思いながら風に靡く髪を抑える。しばらくその速さを楽しんでいると、ブレーキがかかったようにロビーで止まった。

「すみません、こっちをマグルのお金に変えたいのですが」
「少々お待ちください」

風圧で乱れた髪を手櫛で整えながら鍵を返してもらうと、ポシェットの中からパンパンに膨らんだ袋を一つ小鬼に渡す。マグルの街に行こうと思い立ったその時にお金がないと困るだろう。小鬼の小さな背中を見送り、ロビーの隅に移動したアカリは大きな時計を見上げた。

「あと5分か、間に合うかな……」

55分を指す長針が目に入り、少し心配になる。ロビーではカウンターに用がある人が何人か並んでいた。どうやら混み始めたようだ。そのまま小鬼が戻ってくるのを待っていたが、一向に現れない。
お金を渡してしまっている以上外に出るわけにもいかないし、かと言って無断で遅刻するわけにもいかない。
少し考え込んだアカリはおもむろに杖を取り出すと、羊皮紙を出現させ、杖でするりと表面を撫でる。そこに文字が記されたのを確認すると次いで杖の先から鶯色の小鳥を出現させた。
その小さなくちばしに二つ折りにした羊皮紙を咥えさせると、気をつけてね、と飛び立たせた。
これできっとクローディアには伝わっただろう。

それからまた何分かじっと待っていると、ようやく小鬼が袋を手に戻って来た。お礼を言うとアカリは慌てて玄関へと急ぐぎ、辺りを見渡した。
ダイアゴン横丁は今日も人が多い。見つけられるだろうか、と心配になりながらも右へ左へ忙しく視線を移動させる。
その時、金髪の女性の姿が視界に入った。豊かな金髪を風に揺らし、優雅にそこに立つ彼女に何人かの男性がちらりと熱っぽい視線を投げかける。背を向けていて顔は見えないが間違いない、彼女だ。

「クローディアさん!」
「………あら」

声をかけて駆け寄ると、女性がこちらに振り向いた。形のいい唇をほころばせた彼女の手の指には、鶯色の小鳥がとまっていた。

「すみません、お待たせしてしまって」
「いいえ、大丈夫よ。このお利口な小鳥さん、とても可愛らしいわね」

くすり、と笑みをこぼしたクローディアは小鳥がとまった手を空に向ける。小鳥は羽を広げ、そのまま空へと旅立っていった。小さな鶯色が灰色の空に霞んで見えなくなると、クローディアは行きましょうか、とアカリを促した。

「アカリはもう買うもの決まっているの?」
「いえ、お店を見ながら決めようと思って」
「そう、それじゃあ雑貨屋なんかがいいわね」

颯爽と歩くクローディアの隣でアカリはプレゼントは何にしようか、と考え始めた。渡す人は決まっているものの、何を渡すかはまだきめていなかった。
ルシウス、サフィア、クローディア、イルバート、アレクシス、そしてヴォルデモート卿。
たった6人だが、それでも随分と難しい。クローディアが開けた最初の店の扉をくぐりながら、アカリは人知れず思考を巡らせた。

***

それから何店も何店も見て回り、なんとか一通りプレゼントを買うことができた二人は買い物がひと段落したところで休憩をしようということになり、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーに来ていた。
テラス席に座ったアカリはいくつも腕に下げていた袋をテーブルに置くと、一つずつポシェットの中に入れ始めた。

サフィアには、その名前の由来にもなった瞳にそっくりな、サファイアブルーの石がトップについたペンダントを。

ルシウスには、着けている時の服装によって宝石の色が変化する銀細工で出来たブローチを。

イルバートには、小さな宝石とチャームがついた髪を結うリボンを何色か。

クローディアには、煌びやかな細工が施されたとても美しい櫛を。

アレクシスには、ドラゴンの革でできたシックな黒の手袋を。

美しい包装が施されたそれらを一つ一つ、丁寧にポシェットの中へと入れていく。どうか潰れたり痕がついたりしませんように、と思っていると戻ってきたクローディアが向かいの椅子に腰掛けた。
はい、と手渡されたのは可愛らしいピンク色をしたストロベリーのアイスクリーム。お礼を言ってスプーンの先で少し掬うと、一口舐めてみる。優しい甘さと染みるような冷たさが口の中でとろけるようにして溶け、思わずアカリは破顔した。

「ところで、彼へのプレゼントは決まった?」

上機嫌でスプーンを口に運んでいたアカリは、クローディアがあっけらかんと言ったその言葉を聞いた瞬間、ぴたりと手を止めた。
………そう、彼、もといヴォルデモート卿へのプレゼントだけまだ決まっていなかったのだ。

正直言えば彼の好みなんてわからない。何をあげれば喜ぶ、だとか、想像すらできない。どの店のどんな商品を手に取りそれをプレゼントした時のことを想像してみても、どうもしっくり来なかった。

「………まだ、です」
「彼、基本無表情だし何考えてるのかわからないものね」

気持ちはわかるわ、と他人事のように言ったクローディアは、にっこりと笑うと手に持つスプーンでアカリのことを指す。アカリはきょとんとした表情で、瞬きを数回繰り返した。

「彼の喜ぶものがわからないなら、貴女があげて得をするものにすればいいのよ」
「…………得?」
「そう、例えば彼の側にいる自分という存在を仄めかすようなもの、とか」

にやりと唇を歪めたクローディアは、意味ありげな視線を向けてきた。
………存在を、仄めかす?

「まあ、そういうのは普通恋人同士が虫除けとして贈るものだけれど」
「こい、」

びと、と思わず復唱してしまったアカリはほんのりと頬が熱を持ったのを感じクローディアから視線を外す。

今のはただの、例えだ。そう、例え。
わかっているはずなのに、この頬の熱と鼓動の速さは何なのだろう。だいたい彼とわたしでは恋人もクソもない。だって、彼にとってわたしなんてただの小娘で。
それに、あの顔だ、色んな女の人に言い寄られてたりするのだろう。
そもそも彼は愛なんて知らないわけだし−−−。
そこまで考えて、ふと心臓が締め付けられるように痛んだ。なんだろう?
………鼓動が速くなったり痛くなったり、忙しない。

「アクセサリーなんかが無難だと思うけれど、あの人ってそういうの着けなさそうよね」
「…………確かに」

そういえば、あの人が何かアクセサリーを着けているところを見たことはない。面倒なだけなのか、嫌いなのだろうか。

「なら、それ以外がいいわね。アカリ、食べ終わった?」
「はい」

ちょうど最後の一掬いを舐め、真冬に外でアイスは間違ったかな、なんて頭の隅で考えていたアカリはすぐに返事をする。…………何故こんなにも、クローディアは愉快そうなのだろうか。

「なら行きましょうか」
「え、どこに?」

意気揚々と立ち上がったクローディアに続いて腰を上げる。目の前の美女は、赤い唇で綺麗に笑み、そしてやっぱり愉快そうに紫紺の瞳を細めた。

「思いついたの。貴女の存在を、仄めかせるものを」

さ、行きましょうとスタスタ行ってしまう彼女に、慌てながら小走りで付いて行った。

***

「ここよ」
「ここ、って………」

クローディアが扉を開けると、扉についた鈴が可愛らしい音を立てる。それと同時に、芳しい匂いが漂ってきた。

「………香水?」

中に入ると可愛らしい瓶が所狭しと店内に並んでいる。何人かの女性がそれを手に取り、香りを楽しんでいた。

「そうよ。これならアクセサリーでもなく、それでいて存在を強烈に仄めかすことができる」

牽制にもなるしね、と呟いたクローディアは店員の一人に声をかけた。
………牽制?何の?

「彼女がプレゼント用に選びたいそうなのだけれど、お願いできるかしら?」
「かしこまりました」

こちらに振り向いた店員さんはこんにちは、とふんわり微笑んだ。

「どんなものにするか、決めていることはありますか?」
「いいえ、全く何も考えていなくて」

それなら、と手を叩いた店員さんはポケットから一枚のチラシのようなものを取り出し、アカリへ手渡した。

「今、自分でオリジナルの香水が作れるキャンペーンをやっているんです」

よかったらどうですか、という優しい声に、アカリは瞳を輝かせ、すぐさまお願いしますと返事をしていた。

***

それからクローディアも参加して手作りの香水講座のようなものが始まった。アカリとクローディア以外にも女性が三人いる。全員若い魔女だ。
店の一角にあるテーブルに座り、目の前に置いてある小さな瓶を眺めながら先ほどの店員さんが前に立ち色々な説明をしているのを聞いていた。

香りは、ノートによって分けることができるらしい。
そもそもノートとは揮発速度のことで、揮発速度が速いもの、中間のもの、遅いものの3種類にわけられる。
これら3種類は揮発速度が早いものから、トップノート、ミドルノート、ベースノートと言われ、ノートはブレンドをする際に、そのブレンドの印象を決める要素になるのでとても大切なんだと言う。

目の前にたくさんある小瓶は精油、というものでこれを調合することによって香水ができるのだとか。それにしても種類が多い。何個あるのだろう。

「トップノートは一番早い揮発速度です。これは香りを嗅いだ時の一番初めの印象になります。大体20分前後持続します。よく使われるものではオレンジやタイムなどです。
そこにある小瓶がトップノートに使われるものですね」

そこ、と指差されたところには小瓶が十何個も並べられていた。一番こちら側にある瓶のラベルにはペパーミント、と書いてある。

「ミドルノートはトップノートに続いて香る香りです。4時間後くらいまで持続します。
ハートノートとも言われ、ブレンドの軸となる香りなので皆さんじっくり選んでみてくださいね」

ミドルノートに分類されている小瓶を一つ手に取ってみる。それにはイランイラン、と書かれている。変な名前だ。蓋はしっかり閉められているため匂いを嗅ぐことはできない。

「ベースノートは一番揮発速度が遅く、6時間以上経っても香りが持続しているものです。ブレンド全体をまとめ、安定させます。
バニラやローズウッドなどがありますね」

流れるような説明を頭に叩き込みながらイランイランの小瓶を元に戻す。
何やら精油にはハーブ系、柑橘系、フローラル系、樹木系、スパイス系、オリエンタル系と分類されるらしい。

「精油にも向き不向きがありますので、系統をまず決めてから精油を決めていきましょう。こちらがテスターですので好きにお使いください」

6種類の瓶が置かれ、参加者全員で交換しながら一つ一つ嗅いでいく。

「………あ、いい匂い」

個人的にはフローラル系や柑橘系が気に入った。どちらも甘くて心地いい匂いだ。
しかし、問題は卿の好みだ。流石に柑橘系の香りを漂わせる闇の帝王なんて嫌だし、そもそも男性に向いている香りというものはあるのだろうか。

「…………あの、すみません」
「はい、どうされました?」
「ええと、男性にプレゼントしたいと思っているのですが、男性に向いている香りってあったりしますか?」
「ああ、それでしたら」

そう言って店員が手の取ったのは二種類の瓶。オリエンタル系と樹木系だ。

「こちらの二つですね。
オリエンタル系だとセクシーな男性っぽさを、樹木系だと爽やかで落ち着いた印象を持ちます」
「ありがとうございます」

お礼を言って渡された瓶を嗅いでみる。うーん、卿はやっぱりオリエンタル系の方がいいかな?爽やか、なんて似合わなさそうだし。

決めた、と顔を上げるとこちらを見ていたらしいクローディアと目が合った。

「決まった?」
「はい!」
「そう。……やっぱり、スパイス系にしようかしらね」

それから10分ほどして全員が好みの系統を決めると、何やら羊皮紙を渡される。そこにはオリエンタル系に向いている精油の一覧が載っていた。

「皆さんのお決めになった系統に使われる精油の一覧です。あとは皆さんの好みによりますので実際に色々な種類を試してみてください」

羊皮紙に目を落とす。トップノート、ミドルノート、ベースノートと分けられた表を頼りにまずは軸となるミドルノートから決めようと小瓶に手を伸ばした。

まず先ほどのイランイランを手に取り蓋を外して嗅いでみる。
………キツい。刺激のある匂いはずっと嗅いでいたら鼻がおかしくなりそうだ。すぐに蓋を閉めまた別の瓶を取る。
今度はローズだ。同じく匂いを嗅いでみると、濃厚な薔薇の香りがふわりと広がった。
ああ、これは好きだ。吸い込むと胸いっぱいに広がる薔薇の芳しい香り。屋敷で育てている薔薇園にいるかのようだ。
卿も薔薇の香りは好きだと以前薔薇園で鉢合わせた時に言っていたし、何よりとてもいい匂いがする。これにしよう。

ミドルノートはローズ、と決めたアカリは次いでトップノートに分類される瓶を眺める。
本当に沢山の種類がある。さあどれにしようかと考えていると、一つの瓶が目に入った。

「ベルガモットだ」

その小さな瓶を手に取る。ラベルには確かにベルガモット、と書かれていた。
ベルガモットというのはアールグレイの香り付けに使われることで有名なものだ。
卿は紅茶党だが、実はその中でも一番好きらしいのがアールグレイだ。本人に直接聞いたことはないが、実際飲む頻度がかなり高いし、この前は随分と値の張る茶葉を買っていたようだった。確実にアールグレイが一番好きだろう。半ば確信を持っている。
匂いを嗅いでみても、仄かに紅茶と同じ香りがするうえに主張し過ぎないその香りが気に入り、これをトップノートにすることにした。

さて、最後はベースノートだ。
ふと視線を上げると、店員と目が合った。にこりと微笑んだ店員はこちらへ近づくとお決めになりましたか?とアカリに尋ねた。

「ベースノート以外は決まりました」
「ローズとベルガモットですか、とてもいいと思います。でしたらベースノートはこれと、これなんかいかがでしょう」

差し出された小瓶にはそれぞれパチュリ、そしてジャスミンと書かれていた。

「ジャスミンで他二つの花の香りをまとめ、パチュリでオリエンタルな仕上がりになると思いますよ」

匂いを嗅いでみると、二つともとても好きな香りだった。強すぎず、弱すぎない香りは確かにベースにちょうどいいのだろう。

「それと、ローズを軸にされるんですよね?」
「はい、そのつもりです」
「それでしたらトップノートとベースノートにもほんの少しだけローズを入れてみるといいと思います。
そうするとじわじわと薔薇の香りが広がってミドルノートに辿り着いた時、なめらかに香りが繋がります」
「なるほど、ありがとうございます」

これで全部決まった。息を吐くと他の参加者たちもそれぞれ決まったようだ。
調合は専門家がするとのことで、ノートに使う精油を書き込んだ羊皮紙が回収される。少しだけお待ちくださいとにこやかに去っていった店員を見送ると、隣のクローディアが突然ふふ、と笑いを零した。

「どうかしました?」
「だって、貴女とっても真剣な顔で悩んでたんですもの」

写真に収めたかったわと笑われ、思わず頬が熱くなる。確かにかなり真剣に考え込んでいたけども。
笑われているのが恥ずかしくて、話を逸らそうと話題を振る。きっとその意図はバレているのだろう、スルーしていただきたいところだ。

「そういうクローディアさんはどんなのにしたんですか?」
「私?………フローラル系よ、花の香りにしたの」
「何のお花ですか?」
「ジャスミン」

そう言うとふわり、と笑った。その笑顔がとても、とても綺麗で。元から整っているクローディアだが、今まで見た笑顔の中でも一番と言ってもいいのではないか、というくらい輝いていた。
思わず見惚れてしまったアカリはふと前から気になっていたことを思い出し、時間はまだあるし聞いてみようかと口を開いた。

「クローディアさんって占いをやっているんですよね?」
「そうよ、星を詠んで占うの」
「へええ、かっこいいですね」
「ふふ、ありがとう」

にこり、と綺麗に笑った彼女の腕にはあの華奢な腕輪が揺れていた。チャームをまじまじと見てみると、獅子や蟹、秤などの形をしている。

「これはね、私が星から力を借りる時の媒体なのよ」
「え、あ、すみません不躾に……」
「いいえ、気にしないで」
「星から力を借りる時の、媒体というのは?」
「私の一族は星詠みの力を持つの。
星詠みっていうのは、星から過去、現在、未来のことを詠み取る力を持つ者のことなんだけどね」

何でも、星詠み、というのは元々はケンタウロスが持つ力のことで。
大昔にある一人の人間がケンタウロスと恋に落ち、子を孕んだ。
その子供がケンタウロスしか持ち得ないはずの星詠みの力を受け継いだことにより、その一族は星詠みの力を持っているのだという。そして、クローディアさんはその一族の一人なんだそうだ。

「私の瞳の色って紫でしょう?普通の人間が持つ瞳の色の中ではとても希少なもので、ほとんどいないらしいの。ケンタウロスから受け継がれたもう一つの特徴らしいわ」
「へええ………」
「まあもう伝説に近い話だから、真実なのかはわからないけれど。
ケンタウロスと人間が恋に落ち、しかも子供まで孕むなんて考えられないでしょう?」
「ケンタウロスは人間に友好的ではないですしね」

頷いたアカリにでしょう、と言ったクローディアは右腕を持ち上げ、腕輪を揺らしてみせた。

「このチャーム一つ一つに魔力が込められていて、星座の力を借りることができるの」
「星座………」

言われてみると、獅子座、蟹座、天秤座、双子座など。星座をモチーフにしたチャームになっている。

「星座によって使える力も違うのよ。
例えば、この『宝瓶宮』……水瓶座のことね、これは水を操ることができるの」

なるほど、相槌を打つアカリを一瞥すると、クローディアは腕輪を付けた右腕で頬杖をついた。

「………私は忌むべき悪魔憑きだから一族から追い出されてしまって、一族の人間が今どこに、どれほどいるのかはわからないの」

ふと、クローディアが少し俯いた。
細められた珍しい紫紺の瞳。長い睫毛がその白い頬に影を落とす。

「私には、兄がいてね。兄のおかげで一族は途絶えることがなかった。悪魔憑きの私にも、普通に接してくれて」
「お兄さんが……」
「もう昔寿命で死んでいるけど。それでも、大切な人に変わりはないわ」
「………クローディアさんは、創設者たちがいた時代からずっと生きているんですよね?」
「そうよ」

ふふ、と微笑むクローディアの顔には、もう影は差していなかった。

「魔法族がマグルよりも長生きするとは聞いたことがあるんですけど、クローディアさんたちって……?」
「そうね、確かに魔法族は長生きよ。でも何百年も生きれるほどではない。
私たち悪魔憑きは、寿命を無視して生きているの」
「寿命を無視、ってそんなことできるんですか?」
「できるわよ」

だって悪魔憑きだもの。そう言って笑う彼女はどう見ても20代の女性にしか見えない。
そもそも寿命を無視することができる、だなんて。その方法があれば分霊箱もいらないし、卿だって死ぬこともないのでは。

「………内緒にできる?」

ふと、声を潜めたクローディアはアカリの瞳を真っ直ぐに見つめる。アカリはその紫紺を見据え、こくりと頷いた。

「……………私たちには悪魔が生まれつき憑いている、というのは知っているわよね?」

こくり、と再度頷いて言葉の先を促す。

「その悪魔とね、取引したの」
「………え?」
「取引よ。交渉とも言うけれど。
ある目的が達成されるまで、生きさせてくれって、ね」

さらりと言ってのけたその言葉に、瞳を見開いて愕然とする。
−−−悪魔と、取引を、した?

「悪魔と取引だなんて、そんな……」
「私たちもダメ元だったのよ、でもできたの。悪魔って気まぐれだから」

運がよかったのねぇ、と答えるクローディアに、信じられないとでも言いたげに眉を寄せるアカリ。
アカリの眉間の皺を指先で撫でると、クローディアは笑みを零した。

「まあそんなわけで、私たちは長生きしてるってこと。悪魔憑きだからこそできた方法だから、あの人では無理よ」
「……ですよね」

バレてたか。
そう苦々しく口にしたアカリを一瞥すると、クローディアはふと目線を上げた。
その視線の先には、トレイを持ってこちらへと近づく店員の姿があった。

「みなさん、お待たせ致しました。
こちらの中からお好きな瓶をお選びください」

そう言いながら店員が置いたトレイには、様々な色、形、大きさの瓶が並べてあった。さっそくクローディアと共に一つ一つ手に取ってみる。

「………あ」

何個か眺めていたアカリが、ある一つの瓶に目を留めた。
ガラスで出来たその瓶は、たくさんある中で唯一色の付いていない、透明なもので。アンティーク調の細やかな装飾が施されたそれは、上品な美しさを纏っていた。

これにしよう、と手に取ると店員に渡す。中に先ほどの液を入れてくれるらしい。
それからまた数分経つと、人数分の瓶をトレイに乗せた店員が現れ、一つ一つ手渡された。

透明な瓶の中には、まるで薔薇を煮詰めたような、深い緋色をした液体が入っていた。
その美しい色に、透明な瓶にしてよかったと安堵する。

「お客様、プレゼント用でしたらこちらで包装いたしましょうか?」
「わ、ありがとうございます、お願いします」

店員の厚意に甘え、瓶を渡す。
数分も経たないうちに、ベルベットのリボンがかかった黒い箱を渡される。リボンの色は、香水と同じ深紅だ。

「ありがとうございます」
「クリスマスプレゼントですか?仲がよろしいんですね」

その男性と、と向けられた笑みに思わず頬が熱くなる。
いやあの、と慌てて否定しようとするも、こちらにクリスマスカードを封入しておきますね、とスルーされ、行き場のない羞恥心を飲み込んだ。

「心臓に悪い…………」
「仲がいいんですって?彼と」
「べ、別によくないです」

後ろからそう声をかけてきた彼女はニヤニヤと愉快そうに笑っていた。
頬の熱を無視して否定するも、ふうん?とわかっているんだかわかっていないんだか判断できない返事をされ、言葉に詰まる。

クローディアが会計しちゃいましょうか、とレジに向かい、彼女を追いかけその後ろに並んだ。
アカリの番になり袋の中から金貨を何枚か渡すと、店員が頑張ってくださいね、という意味深な言葉を笑顔と共に送ってきた。再び顔が熱くなるのを自覚しながらも、はい、と小声で返しお釣りを袋に突っ込む。
ありがとうございました、という店員の言葉に背を向け素早く店の外に向かった。はいってなんだ、はいって。

「あら、また顔が真っ赤よ?」
「………なんでもないです」

視線を落とし、落ち着かせるため深呼吸をする。冬の冷たい風も、火照った頬を冷ますにはちょうどよかった。

「もうこれで全部買い終わった?」
「はい、大丈夫です」
「そう、ならここでお別れしましょうか」

家近いから、と言うクローディアに頷き、今日はありがとうございましたと頭をさげる。

「私から誘ったんだもの、こちらこそありがとう。とても楽しかったわ」
「わたしもです。また誘ってくださいね」
「もちろん」

微笑んだクローディアにぎゅ、と抱きしめられる。この圧迫感と弾力は流石なものだと頭の隅で思ったアカリも彼女の背中に腕を回した。

「それじゃあね、クリスマスプレゼント楽しみにしてて」
「はい!わたしのも、楽しみにしててください」

紫紺の瞳を細め、にこりと綺麗に笑ったクローディアに再び一礼すると、アカリは踵を鳴らし、姿をくらませた。


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