夜想曲
どうもみなさんこんにちは!音無朱莉です。
いつもの部屋で読書に勤しみがらお送りしています☆
ーーーいいえ、嘘です。
なんと、今わたしは薄暗い路地に突っ立っているのです。
しかも1人で。
何故こんな状況下にいるのか。
それを説明するには一昨日に遡らなくてはいけません。
そう、始まりはあの爽やかな朝のことーーーーーーー
「お、終わった…………」
午前10時。
あの日、本の山を与えられてから一週間が経っていた。10冊をゆうに超える量を読み切るのに3日(かなり頑張ったと思う)、そこから理解するために4日。毎日徹夜で本と向き合っていたのだ。
寝不足なアカリの目の下には、黒い隈が陣取っていた。
しかし、そんな生活も今日で終わり。大体のことは把握したと思う。多分。あとは卿に報告するだけだ。
あまりの嬉しさについニヤニヤと口元が緩む。すると、コンコン、と扉がノックされた。
「卿!おはようございます!」
「朝からお前はうるさいな」
卿だ。時期は真夏だというのにまた全身真っ黒な格好をしている。流石にローブは着ていないけれど。
「この本も全て理解し終えましたよ!」
アカリは意気揚々と立ち上がると嬉々として本の山をから1番難しく時間がかかった「杖と魔力の関係性とその応用」を取る。
いやあ本当に難しかった。手元に杖がないっていうのが何よりも。
「ほう、ではテストといこうか」
き、きた。テスト。元高校生の身としては『テスト』という単語に身構えてしまう。
完璧主義者(想像)の卿のことだ、絶対に難しくてややこしい問題を出してくるだろう。
些か緊張の色を滲ませた面持ちで、アカリはソファへと腰を下ろす。
「その381ページの呪文を実際に使ってみろ」
「え、」
アカリの正面のソファに座ったヴォルデモート卿の言葉に、アカリは思わずぽろりと声を零す。
381ページの呪文を、使う?この本の?
でもわたし杖無いし、
「貸してやる。使え」
「わっ」
テーブルを挟んだヴォルデモート卿から無造作にポイッと杖を放られる。慌てて手を伸ばし、無事にキャッチすると、胸を撫で下ろした。
え、そんな簡単に武器渡しちゃっていいものなのか…………?
「ちなみにそれは私の物ではない。どこかの誰かの物だ」
「いやそれどういう……」
「奪った」
「ですよねー」
どこかの誰かさんごめんなさい使わせていただきます…!
手の中の細い杖を握りしめる。そういえば始めて杖を持ったんだった。持ち方はどうすればいいんだろうか。うーんまあ適当でいいよね。
高揚する鼓動を落ち着かせるため、アカリは瞼を下ろすと深呼吸を繰り返す。
381ページの呪文。
何度も何度も読み込んだからか、頭にすぐ浮かんできた。
流石はヴォルデモート卿と言うべきか、鬼畜級のこの本の中で、1番難しいと思われる呪文だ。
その名も、『悪霊の火』
呪われた火がドラゴンやキメラなどに形状を変え、意思を持つかのように襲いかかるもの。
かなり強力な炎を出すため、その分制御が難しい。
確か原作の最終巻でクラップだかゴイルだかが使って暴走させていた気がする。
さて、ここでおさらいといこうか。
『魔力』というのは身体の中に宿る力のこと。これが身体の外に出たら『魔法』となる。
ただ、体内の魔力をそのまま外に出すと並の人間だと制御が難しいので暴走してしまう。魔法使いの幼少期によくなるものだ。
これをコントロールするために、『杖』がある。
まず、魔力を杖に流し込む。ただ外に出すだけではなく、杖に魔力を通すから魔力の量が調節される。
しかしそれだと呪文の威力が弱まったりちゃんと発動しないので、杖の芯や材質に込められた魔力が補給してくれる。
また『杖』には自我があるためその持ち主への忠誠心や芯、材質との相性が呪文の効果が左右される。
そもそも『魔法』と言っても種類があり、
【Spell】対象者又は物を変容させる魔法、および呪文全般、
【Charm】対象者又は物に働きかける魔法、
【Jinx】ユーモアのある呪い、
【Hex】、軽度の呪い
【Curse】、強度の呪い、および闇の魔術、の5種類に分けられる。
もちろん例外もあるけれど。
『悪霊の火』は、おそらくCurseに分けられるのだろう。詳しくは書かれていたかったがどちらかというと闇の魔術に分類されるだろうから。
まあ、これはわたしなりの解釈だからかなり噛み砕いたものなのだけれど。
要は杖に魔力を流し込む、そして中の魔力と練り上げ、放出する。
この呪文は強い魔力が必要だから暴走しない程度に、多めの魔力を流す。
頭の中で一週間で覚えたことのおさらいをし、杖を握り直す。
しっかり前を見つめ、杖を胸の前で構え、息を吸って。
「『Fiendfire』」
練り上げた魔力を放った瞬間。凄まじい熱と圧を感じ、思わず目を閉じる。
瞬時に目を開けると、杖の先から炎が渦を巻いて繰り出され、徐々に形作られていく様子が視界に映る。
そして現れた炎のドラゴンがヴォルデモート卿に向かって牙を剥いた。
「ッ危ない!」
ヴォルデモート卿がドラゴンの口に飲み込まれる瞬間、グレイシアス、と呟かれた声が聞こえた。
すると灼熱のドラゴンがパキパキパキ、と頭から凍っていく。そして尾まで凍りついたと思えば彼が持つ杖の一振りで砕け散った。
「わ、綺麗」
空中で細かくなった氷の粒が窓から差し込む日光に反射してキラキラと輝いた。
はあ、と微かなため息が聞こえ、そちらへ視線を戻すとヴォルデモート卿は杖を片手でくるりと弄りながら、呆れたような眼差しをアカリへと向けていた。
「人に向かって呪文をかけるな阿呆。しかも『悪霊の火』だなんて本当にお前は阿呆だな」
「2回言った………」
「当たり前だ」
「いやでも、まさか一発で成功するとは思わなかったんですよ」
しかも今日初めて杖を持ったし。
手の中の杖を眺め、未だに残る熱の感覚を逃さないようしっかりと握りしめる。
「意外と理解力が高いのと、あとはお前の魔力が補ったのだろうな、凄まじい威力だった」
「あれこれ褒められてます?貶されてます?」
「………褒めている」
「いやちゃんとわたしの目を見て言ってくださいよ」
ふいっと顔を逸らしてボソッと呟かれた言葉に思わず反応してしまう。
照れ隠しなんだか誤魔化してるんだか…………
「まあ、何はともあれテストは合格ですよね?」
「……そうだな、お前にしてはよくやった」
「!…………ありがとうございます!」
やった。初めて杖を持って、初めて魔法を使って、初めて褒められた。
…………嬉しい。
へらりと破顔したアカリは礼を言うと嬉しそうに杖を額に押し付け、杖にもありがとうと呟く。
「まあ、基礎は出来ているし、次は実技の方に入る」
「本当ですか!!??」
実技というのは、やっぱり杖を使った魔法のことなのだろうか。そう考えたアカリは期待に満ち溢れた瞳をヴォルデモート卿に向ける。
「そのためには杖が必要、か。
………明後日、出かけるぞ」
「!!!!!!」
−−−やった!!!
ヴォルデモート卿の言葉を理解し終えた瞬間、アカリは叫びだしたくなるのを抑えるため瞬時に口を両手で覆った。
ここでうるさくして撤回されても困る。
すー、はー、と深呼吸を繰り返し、どうにか呼吸を整えた。
自分の杖が手に入る。屋敷からも出れる。なんて素晴らしいことだろう、夢みたいだ。
……でも、明日でもいいのに。何故明後日なんだろうか。
ん?と首を捻った瞬間、緊張が解けたのか眠気が急に襲いかかってくる。
それもそうだろう、一週間も徹夜が続いたのだから。
「きょ、う。すみませ、ねむけが、」
自分でも何を口にしているのかわからないくらい意識が遠のいていく。
アカリは重力に逆らわずソファに横になると、瞼がだんだんと下がってきた。
「おやすみ、なさい」
なるほど、確かに明日は休んで明後日出かけるべきだなぁ、なんて呑気なことを考えながら、沈む意識に従い、眠りに落ちた。
***
「……………ん」
ふ、と目が覚めた。瞼が重い。身体もダルい。そんなに寝ていたのだろうか。
アカリは寝転がった体制のまま、ベットサイドの時計を見る。
ーーー18時!?
驚きすぎてベットから飛び起きる。
え、嘘でしょ。昨日寝てしまったのが確かお昼ぐらいだったから………
睡眠約30時間。
寝すぎたな!!??一週間寝ていなかったとはいえ30時間って。そりゃダルいはずだ。
ああ、完全に目が覚めてしまった。
ん?そういえば、わたしベットに移動したんだっけ。確か眠気に抗えずソファで寝落ちた気がするんだけど。
……もしかして、卿?
運んでくれたのかな。
大体王道的には抱えて運んでくれるところなんだろうけど。
「あの人がそんなことするかなあ」
魔法で浮かせたり担架出したりとかしてそう。ヴォルデモートさん細いし不健康だからわたしなんて抱えられなさそうだし。きっとそうだな。
くだらないことをボーッとしながら考えていると、ふいに扉の外から気配を感じた。
「…………卿?」
思わず声をかけると、少しの間が空いて扉が開いた。そこから姿を現したのは、相も変わらず全身黒ずくめのヴォルデモート卿。
「起きたのか」
噂をすればなんとやら、とは言うけれど。こんなナイスタイミングで普通来るだろうか。
「はい、おかげさまで」
少しの皮肉を込めながら、アカリはニッコリと笑ってみせた。しかしヴォルデモート卿は小さな皮肉を鼻で笑い飛ばすと、小馬鹿にしたような目を向けてくる。
「30時間は流石に寝すぎだとは思うがな」
ああ、何も言い返せない。私も寝過ぎたと思います……。
言葉を詰まらせ、言い返す言葉が見つからずに視線を逸らしたアカリに、ヴォルデモート卿は呆れたようなため息を吐く。
「まああれが最初に使った呪文なのだから仕方がないといえば仕方がないな、随分と強く魔力を込めたようだから」
「え、あれやっぱり強かったですか?かなりの魔力を必要とする、みたいな記述あったので込めたんですけど」
「お前のは質も普通の人間より高い。別に意図的に強く込めなくてもかなりの効果を発揮できるだろう」
いやそれ最初に言ってくださいよ!
卿曰く、初めて使った呪文だから魔力を込めすぎた、その結果多い量の魔力を抜く行為に身体がついていかなかった、らしい。
「そんなことあるんですね」
「本当ならば簡単かつ微量の魔力でも成功できるような初歩的な魔法を習い始めるからな」
「………………………」
初っ端から悪霊の火使わされたわたしって、一体。
ベッドから起き上がろうとしたアカリを手で制し、ヴォルデモート卿はソファへと腰を下ろす。その瞬間、地響きのような音が部屋中に響き渡った。
「…………お腹空きました」
発生源であるお腹を手で押さえ、アカリはそうあっけらかんと呟く。もう何度目かわからないため息を吐き、ヴォルデモート卿は立ち上がるとベッドへと近づいた。
「昨日から何も食べていないのだったか。
………………ほら」
「わーありがとうございます」
杖の一振りで出てきた食事。
さっそく手をつけようとフォークを手に取った時、向かい側にもう一食食事が出てきた。
「………卿も食べるんですか?」
「悪いか」
一言そう言い捨てた卿は食事を口に運び始めた。
卿ってご飯食べるんだ。
それはまあ人間だから食べるんだろうけれど。ほぼ一日中わたしを監視してるし、その間わたしが食事中もずっと読書とか書類片付けたりしてて食事をとっているところを見たことがなかった。
だから、卿はご飯食べないものかと……。
チラ、と向かい側を盗み見ながら食事を進める。
イギリス料理はマズイとは良く聞くが、そこまでではないと思う。
ただ一々油っぽくて味付けが濃いだけで。
その油っぽさも濃い味付けも、卿は普通レベルのものを出してくれるからそこは安心だ。卿もあまり好まないのだろう。
「ん、ごちそうさまでした」
お腹が空きすぎたのか、卿よりも早く食べ終わってしまった。
フォークを起き、手を合わせて礼を言う。
「…いつも思うがそれはなんだ?」
「それ?」
え、わたし何かしたっけ。きょとんと瞳を瞬かせると、ヴォルデモート卿はスープを掬ったスプーンを手に持ったまま、口を開いた。
「その、『ごちそうさま』やら『いただきます』だ。毎回言っているだろう」
「……ああ」
そっか、外国の人はそういう習慣がないんだっけ。
うーん、と首を傾け、どう説明すべきかと考える。
「どちらの言葉も、『わたしのために美味しいご飯になってくれてありがとう、美味しくいただきます』『美味しかったです、ごちそうさまでした』みたいな感じに食材、作ってくれた人へのお礼の言葉なんですよ」
習慣になっていて詳しい理由はよくわからないけど、確かそんな意味だったはず。あってる、かな?
「『言霊』みたいなものですね」
「『言霊』?」
「声に出した言葉に霊的な力が宿り、良いことを口にすれば良いことがおこり、不吉なことを口にすると悪いことがおきる、と考えられたんです。日本は昔『言霊の幸ふ国』、言霊によって幸せがもたらされる国とされていたんですよ」
「一種の呪文のようなものか」
流石は卿、理解するのが速い。
食べ終わり、ナプキンで優雅に口元を拭いている卿。ナプキンを置くと、何かに気がついたかのようにぱちんと指を鳴らす。
「まああとはこれでも読んで寝ろ」
どこからともなくヴォルデモート卿の手に現れた一冊の本を渡される。
これまたずっしりと重いその本を抱えると、アカリは表紙の文字をなぞり、題名を目で追った。
「『杖の特性、その持ち主の分析?』」
「それには杖作りをしているオリバンダーが書いたものだ。
まあ内容は題名の通りだな」
「へええ………!」
それぞれの杖に特性があるのか。
しかも持ち主の性格が分析できるらしい。知らなかった、面白そうだ。
アカリはここ一週間ですっかり身についた速読スキルを活かし、分厚い(といってもあの本達程ではない)一冊を1時間で読み終わってしまった。
「これすっごい面白いですね!」
杖の木材、芯が持つ特性。それぞれの木材に得意分野や性質があるなんて知らなかった。しかも選ぶ持ち主の性格もわかるのか。
一番の驚きは、長さと柔軟性について。
杖の長さや柔軟性によってまた要素が変わってくるんだとか。
わたしは、どんな杖に選ばれるかな。
明日がまた楽しみになってきたアカリは、文字をなぞりながらにこにこと笑みが絶えなかった。
「明日はどれくらいに出るんですか?」
「ついでに私用も片付ける。昼過ぎには出る」
すっかり習慣と化してしまった食後の紅茶を楽しみながらウキウキと想像を巡らす。
ダイアゴン横丁ってどんな所なんだろう。映画みたいに人がいっぱいいるのかな。
でもあれは新学期の時期だったから混んでただけ?
チラ、と壁に掛けられたカレンダーを見てみる。
夏の休暇って7月の下旬にはもう始まっていたよね?
わ、混雑してそう。
「私は部屋に戻る。お前も早く寝ろ」
「はーい、おやすみなさい」
ああ、とだけ言い残し彼は出て行ってしまった。
それを見送り、アカリは空になった紅茶のカップをテーブルに置く。
「楽しみだな、明日」
アカリはいそいそとベッドに入り、天井を仰ぎ見る。
30時間も寝ていたはずなのに、すぐに眠くなってくる。
ーーーいい杖に選ばれるといいな。
最後に見たテーブルの上は、既にティーカップは消えて無くなっていた。
****
ーーーふ、と意識が浮上し、瞼を開ける。
起き抜けの気怠さにまた目を閉じ布団を被り直す。窓の外から、チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえてきた。
「んー…………朝」
寝起きのアカリはごにょごにょと唸り、たっぷりと時間をかけて起き上がる。思い切り上体を伸ばし、一息ついた。
のそりとベッドから出て、裸足のまま歩き出す。アカリは黒い髪をかき混ぜながら、洗面所に向かった。
ーーーこの部屋は、本当に広い。
ベッドは2人くらいなら寝られるんじゃないかという大きさで、天蓋付き。恐らくはキングサイズだ。サイドにはチェストが置いてある。
部屋の奥には目を引く立派な暖炉。全く使っていないのに埃が積もらないのはきっと魔法がかけられているのだろう。
ソファも2人がけのが向かい合って二つ、ローテーブルもある。
大きな全身鏡、そして女子力の高いドレッサーにはブラシや化粧道具が綺麗に並べられている(わたしが触っていないから)。全体的にシックなイメージで統一されているのは卿の好みか。
そして廊下に出る扉とは違うもう一つの扉の向こうは洗面所、浴室となっている。
ここのバスタブは流石イギリスというべきか猫脚の底が日本のと比べ浅く長いものだ。シャワーと別になっているのがありがたい。
蛇口を捻り、バシャバシャと寝ぼけた頭を覚ますために冷たい水を顔に当てる。
ふわふわのタオルで水気を取ると、籠の中に無造作に入れ、洗面所を出た。
ーーー今日は待ちに待った、出かける日。
「何着ようかな」
ウキウキと扉を開け、白い半袖シャツと、ハイウエストの深緑色のスカートを取り出す。
せっかくのお出かけだ、綺麗な格好をして行かないと。
シャツのボタンを閉め、スカートと同じ色のリボンタイを結ぶ。スカートの裾が、膝の少し上でふわりと揺れた。
黒いエナメルの靴を取り出す。少しヒールが高いけど、まあいいか。ちゃんと足首を固定して、コツリと踵を鳴らした。
アクセサリー系は何も持っていないから無し。
よし、完成!
支度を終えソファで読みかけの本を開いていると、ノックの音が響き、次いで卿が入ってきた。
「卿、おはようごさいます」
「……ああ」
彼は一瞬こちらを見て固まったものの、すぐに口を開いた。
いつもとは違うシックな服着てるから驚いたのかな。いつもかなりカジュアルだし。
「昼を食べたらすぐにあちらへ移動する」
「はーい」
杖の一振りで、サンドイッチの大皿と紅茶がテーブルに並べられる。
手に持っていた本をサイドに起き、さっさと食べてしまおうとサンドイッチに手を伸ばす。
その勢いにヴォルデモート卿の呆れたような視線を浴びながらあっという間に平らげてしまうと、アカリは立ち上がった。
「さ、行きましょうか!」
意気揚々と立ち上がった卿に続く。
暖炉の前まで来ると、懐から袋を取り出し、その中から何かを掴み出した。
「それって、煙突飛行粉ですか?」
「そうだ、これを暖炉に投げ入れ行き先を口にすればそこに辿り着く。
正確に声に出さなければ違う所に出てしまうから気をつけろ」
それと、と言葉を切り何か一枚の黄ばんだ紙切れを取り出した。
羊皮紙ってやつかな?
それを受け取ると、早速中身を開こうとしたアカリを制しポケットの中に入れるよう言われ、大人しく従う。
「万が一、はぐれたり違う場所に出てしまったらここに書いてある店に行け」
「?はーい」
店とはなんだ。まあいいか、失敗さえしなければいいのだから。
ワクワクしすぎて思考を放棄してしまっているアカリは、羊皮紙の入っているポケットを一撫ですると、すぐにヴォルデモート卿に向き直る。
「先に行け、行き先は『ノクターン横丁』だ」
え、ノクターン横丁?
アカリは疑問に思ったものの、袋を差し出され、そのまま粉を掴む。
次いで暖炉に投げ入れると、何もなかった暖炉からぶわりとエメラルド色の炎が燃え上がった。
……のは、いいのだけれど。
掴む量が多すぎたのか粉が埃のように舞い上がり、思い切り吸い込んでしまった。
「うえっ、ノクタっけほっ横丁っ!」
やっぱりさっきのはフラグだったのか。
そう呟いた瞬間、へその裏側から引っ張られるような感覚がした。
突然の感覚に驚くがそれも束の間。
ペッ、と吐き出されるかのように勢いよく暖炉から飛び出した。
着地に失敗し、コーヒーカップでめちゃくちゃに回された後のような不快さと地面についた膝の痛さに顔をしかめながら起き上がる。
ーーーここは、どこだ。
そうして、冒頭に至る。
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