二世の契り | ナノ


熱は引かない



打たれた頬が、今も熱を持っている。

お前、忍に向いてねぇわ。

向いてない。
自分自身に何度言い聞かせてきたか分からない言葉だ。
アカデミー時代から特に秀でていたわけでもなく、成績も人柄も平々凡々。
そんな中で忍としてやっていくために辛うじて使えるようになった能力が感知向きの代物だった。
私を使う人たちはこう言う。

あいつは替えが利くから、と。

表立って言われたことはないが、ある時ふと名を呼ばれた気がして立ち止まった耳がそれを拾った。
悔しいと思わなかったわけではない。
それでも言い訳をするならば、凡人が修行をしても天才が修行をしてしまえばそれには敵わない。
そういうことだった。
しかし私をあたかも重要パーツのように扱うシカクさんは、作戦の中に幾度となく私を起用する。
チームを組んだ当初、「お前は何が出来る」と単刀直入に聞かれた。
それに「感知、です」と弱々しく答えたことは記憶に新しい。
勿論、万能有能ではない力はチームの足を引っ張った。
おまけにこの人柄が災いしたのか、替えが利くなんて言われようである。
それでも、シカクさんだけは私を率先してチームに召集した。
何故なのか、という問いが出来るほどのメンタルを持ち合わせいなかった当時の私は、替えがきくという言葉に打ちのめされていたのである。
そんなしょぼくれた姿を見ていたのか、シカクさんはたわいもない世間話をするようなノリで呟いたのだ。

「出来ることをすりゃあいい。出来ないことは他の奴がやる。世の中ってのはそうやって回ってんだ」

その言葉は、まるで水面から石を拾い上げるように心の鉛のような部分を取り除いていってくれたのである。
それからなのだろう。
彼のチームにいる時、妙な安心感があったのは。

替えが利く

と言われていても、彼の言葉を思い出すことで私は私の出来ることを精一杯すれば良いのだと思うことが出来た。

だから、久しぶりに飛んできた鋭い千本の雨に似た言葉と頬を打った衝撃に、ふと『久しぶりだ』と思った。
何度も考え続けていた忍として向いていない自分。

「殺さないで」

と口走った言葉が頭を過る。
目の前に現れた若草のベストがクナイを片手に突っ込んで来る姿は、胸をざらりと撫でた。
鈍く光る木ノ葉の額当てに恐怖に竦む心が写り込んだ気がした。

殺せない。

そう当然のように思っていた。
殺さないでと声に出したこと。
それの何がいけなかったというのだろう。
頬を強い衝撃が走る理由を、私はあの日以降ずっと考え続けていた。
任務の無い一日中。ご飯を食べたり読書をしたり、ふらりと散歩に出る中で落ち着かない思考をぐるぐると巡らせていたのだ。
知らぬ間にこんな所へ足を運んでしまうほどには。
私の思考は底なし沼へと潜り込んでいるようだった。

奈良家。
その門前。

そこで私の足はぴたりと止まっていた。
暮れなずむ西の空から濃紺を引っ張り出してくるように夜へと姿を変えていく空。
不意に止まった足が私を運んで来た場所に、呆れを超えて笑いが込み上げてくる。
私は、また拾い上げてもらおうとしているのか。
シカクさんの周りを見る洞察力と的確な指示やアドバイス。
それに縋ろうとしているのか。

そう考えた瞬間、鼻孔を香ばしい香りが掠めた。
とても美味しそうな家庭料理の香り。
ふと奈良家へ視線をやれば、明かりが闇に飲み込まれることなく灯っている。
微かに聞こえる声は誰のものだろうか。
人の、家族のいる気配がこの家からはする。
他人の入れない、優しく暖かい空気だ。

「……」

その空気は、今シカクさんを訪ねて辛気臭い顔を出すべきではないと悟らせるには十分だった。
あっという間に落ちた闇が肌を撫でる温度を下げていく。
あまりにも辺りに漂う空気の差に、一つ小さな溜息が溢れた。
私を運んで来た足はゆるりと向きを変え、来た道を引き返すべく一歩を踏み出す。
背にした暖かさが遠退くのを、ぽつりぽつりと街灯の間を縫い歩きながら感じた。

お前、忍に向いてねぇわ。

ゲンマの声が遥か先の闇から聞こえてくるような気がして、ふるりと肩が震えた。
振り返りたくなる気持ちが、頬のじくじくとした余韻で抑え込まれていく。

熱は、引かないままだ。





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