二世の契り | ナノ


monologue:2



あの人は、何かを探していた。

陽が落ちるのを早く感じるようになった近頃。
夜に何か用があれば使いでもなんでも使いっぱしられるようになった。
まぁ、正直四六時中使いっぱしられていることには変わりないのだが。
今日も例にもれず近所への使いを母ちゃんに頼まれた。
「またかよ」と文句を垂れれば、親父が「気張っていけよー」という何とも間抜けなエールを送ってきた。
近所の使いに気張るも何もねーだろ、と内心突っ込んで、それでもヘイヘイと使いに外へと出たのがついさっき。

慣れ親しんだやたら荘厳な門を抜けた所であの背中を見つけたのだ。

緩く波打つ黒髪と狭い歩幅。
少し猫背気味の後姿に、近頃親父とよくチームを組んでいる沙羅さんだと気付いた。
街灯の間を忍らしからぬ歩調で歩いていく。
時々無意識なのか止まる足と、後ろを振り返ろうとするのか弱々しく角度を変えそうで変えない首。
その背中に、俺は何故かたった今潜った門を振り返った。

奈良家の家紋が入る、我が家の門。

そして再び相も変わらずの背中を視界に入れ、もしかしてと思ったのだ。

あの人は、この家に用があったのではないか。
強いて言えば、家ではなく、親父に。

そう考えると、艶やかに波打つ黒髪の背中が何かを探しているように見えて仕方がなかった。
存在が闇と同化して見分けが付かなくなった頃、俺は用事を頼まれていたことを思い出し足早に目的地へと急ぐ。
帰って来て門を視界に入れた時、またふとあの背中が脳裏を過ぎったので親父に聞いてみようと居間へ足を運んだ。
親父は何個目か分からぬ蜜柑の皮を器用に剥いているところだった。

「親父、さっき家の前に沙羅さんいたんだけど」

それを聞いた瞬間、親父は何かを思い出したように「あー」と声をあげた。
思い当たる節でもあるのだろうか。

あの人が自分の元に来るかもしれない何かが。

しかし、それを考えるだけ無駄だと悟らせたのは親父の「今日の蜜柑は甘えな」という一言だった。

おい。

もう脳内はあの人より蜜柑なのかよ。
と突っ込む気にもならなかったので、一人自室へと戻った。

だから俺が居間から姿を消した後で、親父が「あいつはなぁ……」と頭を掻いていたことを、知る由もない。





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