二世の契り | ナノ


千本の雨に似て



時間が、心を成長させてくれると思っていた。

「お前まだそんなこと言ってんのかよ」

その言葉はぐちゃりと私の心を抉っていく。

何故かAランクの任務に配置されることになった私は、火影様の意のままに戦地へと赴いていた。
雨隠れからの密書を持ち帰っていた筈の木ノ葉の忍が敵の襲撃に遭ったというのだ。
そこへ何故私が?と鳩が豆鉄砲を食ったような顔でいれば、火影様は「シカクがお前を寄越せと言ってきた」と告げた。
本当に不思議な人だと思ったことは言うまでもない。
もしかしたら、彼にとって私は本当に使い勝手の良い駒なのかもしれない。
たとえ扱い難い忍だと思い思われていたとしても。

「おぅ、来たな」

これから将棋を一指ししようかというノリで迎え入れられた私は、ぐるりとメンバーを見渡す。
そこには同期のゲンマがいつものように千本を咥えて視線をちらりと寄越した。

「敵は木ノ葉国境付近。幸いまだ密書は無事だ。俺たちは密書を運ぶ連中に合流し、敵と味方の壁になりこれを排除する」

理路整然と任務内容が列挙されていく。
クナイを人差し指でくるりと回した彼は、それを広げた巻物の上へと迷いなく突き刺した。
彼の頭には、もうこの任務の終焉が見えているのだろう。
それは、真っ直ぐ垂直に敵の撃破場所を貫いたクナイが証明しているような気がした。


「やばいな」

その呟きを私が捉えたのは、彼が迷いなく撃破場所としてクナイを突き立てた所から3キロ手前でのことだった。
夕日がきらきらと木々の合間を縫いながら、肌を刺すような空気を運んでくる。
戦地のそれだ。
と悟った時には、彼がすっと手を差し出し私たちの動きを止めた。

「戦況が変わってやがる」
「どうしますか」

ゲンマが冷静な声を上げた。
千本が夕日を反射してちらちらと視界を掠める。
どうやら撃破場所よりも随分と木ノ葉側へと侵攻を許してしまっているようで、多少なりとも作戦の変更を余儀なくされた。

「だが、どうもきな臭えな。嫌な予感がする」

すっと腰を低くした彼の小さな呟き。
何処か確信めいたその予感は、程なくして当たってしまったのだった。


「何が起こってる!」

爆風と爆発音、目も眩む閃光が辺りを包む。

「やられた」

岩陰に運良く潜り込んだ私と間一髪で滑り込んできた彼。
身を低くしてできるだけ衝撃から身を守る。
私の頭をぐっと地面へと押し込んだまま、彼がそう呟くのを耳が拾った。
爆発音や暴風が落ち着いたのを見計らってそっと辺りを伺えば、なぎ倒された木々があちらこちらに散らばっている。
ぽっかりと開いた頭上には濃紺へと色を変えていく空も臨めた。
やられた。
その言葉の意味を、敵味方関係なく肉の塊になって転がる忍たちの姿と、私たちの前に立ちはだかった若草のベストを見て悟る。

裏切り者がいた、と。

彼もそれを理解しているようで、辺りに視線と意識を飛ばしていた。

「シカクさん……」

自身の頼りない声が彼を呼ぶ。
忍をしてきて裏切り者の可能性を考えてこなかったわけではない。
しかし、運の良いことにこれまでの人生裏切り者と呼ばれるような連中に出会ったことがなかった。
だからかもしれない。
目の前に現れた同じベストを身に付けた木ノ葉の忍を排除する決断をした彼に、

「殺さないで」

そう口走っていた。

「お前まだそんなこと言ってんのかよ」

ゲンマの殺気が肌を刺す。
味方から向けられる敵意が背筋を凍らせた。

「だって、あの人たちはっ
「危ねぇ!」
「!」

気付いた時にはぐらりと視界が揺れ、星がばら撒かれた空を見上げていた。
隅の方では雷遁の光が一瞬のうちに映えては闇を連れて来る。
苦痛に声を上げた裏切り者の息の根が止まったのを、迫り来る静寂で理解した。

「大丈夫ですか」
「あぁ」

私に覆い被さっていた彼がよっこらせと立ち上がる。
ひっくり返っていた私の前にゲンマの手が差し出された。

「……」

頭の芯がぼーっとしている。
無意識にその手を取って、成されるがままぐわんと引き起こされた。

バチン

と同時に頬を貫く強い刺激。
闇と静寂に木霊した音がいつまでも耳元に残るのは、現状を把握出来ていなかったからか。
足音も、布擦れも、息も、瞬きの音すら聞こえなくなったような真空に似て非なる空気が漂った。


「お前、忍に向いてねぇわ」

低いどこまでも冷静なゲンマの声がばらばらと降り注ぐ。
その千本の雨に似た声に、私は顔を上げることが出来なかった。

「そんじゃ、帰るかー」

チーム内に漂う閉塞した空気。
それをまるで知らぬ存ぜぬとした彼の間延びした声。
ふわりと漂った煙の行く末だけが、私の足をそっと前へと動かしたのである。





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