二世の契り | ナノ


続きを言えようはずもない



彼の複雑な表情が、私に想いを告げたことを後悔させようとしている。

この想いは、決して遂げられるものではない。
それでも、そうだと理解していても、愛していると溢した口は塞き止めるダムを失ったかのように言葉を紡いでいく。
彼を、この醜い心へと追い立て責め立てるものになると知りながら。

醜悪に歪む、私と彼の心中物語がゆっくりと一歩を踏み出そうとしている。
愛という乗り物に彼が乗ってくれたかどうかすらも分からないのに、私は強く手綱を握り締めていた。

「あなたは、私を好いてはくれないの?」

吐いた息が、ベンチに腰掛けたままの二人の間に薄靄をかける。
心中物語の台詞を借りてしか、この先へは進めない。
それはこの想いが成就すべきではないと分かっていながらも、彼の口から愛しているという言葉を聞きたいがための悪あがきにすぎないのだ。
それでも。
彼が、

「好きだよ」

と、そう台詞に乗せて気持ちを返して来た時、私は全てを悟った。悟らざるを得なかった。

彼は、もう私の気持ちには答えてくれないのだと。

「ならどうして」

好きならば、どうしてこの気持ちを受け入れてはくれないのか。
答えはもう決まっている。未来はもう見えている。
けれど、始まった物語は終わらせなければいけない。
終わらなければいけないのだ。
目頭が熱くなる。
喉仏辺りを、出そうで出ない言葉が渦を巻いていた。
歯が震えてカチカチと鳴りそうになる。

目の前でそっと瞳を閉じる彼が、愛しくて仕方がない。
すーっと、音もない息が漏れ出ていった。

「俺はもう三人分の人生を背負っちまってる。お前を女として見てることに変わりはねぇ。が、お前の手を取ればヨシノとシカマルを見捨てることになる。俺は、そんな身勝手で腰抜けたことしたくねーんだよ」

静かな空気の中。
薄靄の晴れた先の彼は、真っ直ぐとこちらを見つめていた。
怖いまでに強い意志を秘めた眼差しで。
それはまるで、何かを押し殺し何かを決意した戦士のような瞳だった。
奥底に滲み出る愛情すらも、穏やかなものに変換しようという意志が読み取れる。

女として見てくれていた。
好きだと言ってくれた。
それが仮に全て、台詞になぞらえたものだとしても。

私には、彼のその意志を受け止めなければいけない義務がある。
物語は、終わらせなければいけないのだ。


心中物語をなぞった、私と彼の物語。
しかし、物語になぞらえた続きの台詞など、もう二度と言えようはずもなかった。


「シカク、さん……」

彼の名を口にすることが、こんなにも辛く哀しく、それでいて切ない甘さを秘めているものだとは思ってもいなかった。
上手く取り込めなくなった息で胸が苦しい。
本当は助けてほしい。
掬い上げてほしい。
忍が向き合うべき恐怖と対峙出来るようにと助言をくれた、あの時のように。
それが出来ないのならば、せめて叫んで、叫んで、思い知らせてやりたい。
この行き場のない気持ちを、ぶつけても返って来ないと知りながら持ち続ける辛さを。
こんなにも愛に飢え、おかしくなったのは貴方のせいだと。
あの物語のように、私は貴方を殺すことが出来るのだと。
心のどこかでは、殺して私だけのものにしたいのだと。
貴方を殺して、私も死ねば、来世で結ばれるのではないのかと。
そう声を張り上げて、張り上げて、喉が枯れて二度と声が出なくなるまで叫び続けたい。

それでも、彼は優しいから。
誰よりも優しくて、厳しくて残酷で正直な人だから。
私に、そんなことをさせたりはしないのだろう。

二度と、私に「愛している」と言わせたりはしないのだろう。

その癖に、もう安心感しか覚えなくなった大きな手で私の頭をゆっくりと、まるで寝かしつけるように撫でつけていく。
ぐっと引き寄せられ彼の胸に収まれば、当然のようにぼろぼろと大きな雫が頬を伝った。
どうしても言ってはいけない言葉を必死で押さえつけるように、彼の胸にしがみ付く。
爪が服を引き千切りそうになることにも構わず、過呼吸寸前の息を繰り返し彼にぶつけていた。

言えない。言いたい。
言わせてもらえない。

これが、彼の選んだ物語の終焉。
私は、それを受け止めなければいけない義務がある。
この物語の針を押し進めたのは私だ。
言ってはいけない一言を、飽和状態の気持ちから楽になりたい一心で口にしてしまった責任がある。
いくら泣いても、縋っても。

私と彼に、もう未来はないのだ。

頭上からは、煙草の香りが降り注ぐ。
今更のように、「俺は酔ってるからな」と柔らかな月の光のような声が鼓膜を揺らした。
吐き出しそうになる飲み込みきれなかった言葉を込めた嗚咽を、大きくて武骨な筋張った手が、優しく、温かく宥めるように。
空が白み、そっと小鳥が囀るまで。
私を抱き締め、時には抱きすくめていた。





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