二世の契り | ナノ


そうだ、こいつは



細くて、少し指先の皮膚が厚い忍の手。
指尖球に出来ては治りを繰り返した豆が皮膚を優しく擦っていく。
あの日。頬から伝う氷のような冷たさに、俺は言いようのない気持ち良さを感じていた。

久しぶりに酔いの回りが早い。
ペイン襲来を凌いだ安堵か、病院にいたヨシノが無事だったことへの安堵か。
ふと息を吐いて肩を落とせば、立ち所に酔いが身体を駆け巡っていった。
勢いにつけ飲んだ酒は、ここ最近で一番美味かったことを覚えている。

どうやって店を後にしたかはあまり覚えていない。
けれど、外気が俺の纏う熱を欲するようにまとわりついてきた時は、唇の端が微かに吊り上がりそうになった。
溜め込んだ熱気を逃すように、もわりと吐き出す。
紫煙に似た吐息が立ち昇り、視界をより一層霞ませていった。
煙草も吸っていないのに視界が真っ白だ。
なんて馬鹿みたいなことを思ってしまうのは、きっと部下が言ったように酔っているからなのだろう。
大して飲んでもいないくせに、喉がやけにひりひりと焼けついているような気がした。
俺の背中にそっと手が添えられる。
それが誰の手だとか、息が白くなるほどに寒いとか。
この時は、正直そんなことどうでもよかった。
ただほっと息を吐いて、肩の力が抜けて。
おまけに大切な部下の誕生日。
そんなめでたさに、上機嫌に杯を傾けていたのは間違いない。
ふと力が抜けてベンチにでも腰を下ろしたのか、俺は外気すらも己の熱量で溶けるような気がして笑いが込み上げそうになる。
けれどそんなことよりも疲れた体は正直なようで、頭の後ろから急激な眠気が襲ってきた。
こんな寒空の下で寝ては大変なことになる。
いつもなら当たり前のようにする判断も、何故かこの時は何一つ思考に浮上しては来なかった。
意識の糸がまるで一本一本抜かれるようにして、ぷつんぷつんと切り取られていく。
あっという間に、俺は大変なことになるだろう寒空の下で寝落ちていた。

ドサリとベンチに腰掛けて暫く。
頬に充てがわれた氷のような体温が、そっと寝落ちた俺の意識を浮上させた。
酒のせいでいつもより割り増しで高い体温が、添えられた冷たさに熱い息を吐き出す。

「冷てぇな」

重い瞼をそっと開けやれば、目の前には見知った顔。
そうだ。今日はこいつの誕生会に来ていたんだった。なんて酩酊する思考で考える。
こんなに酔ったのは久しぶりだ。
きっと帰ったら母ちゃんにドヤされるんだろうなとか、シカマルの呆れた顔が浮かぶとか。
色々と思考に浮かんでは消えを繰り返すことが多々ありはしたが、そんなことよりも。
今の俺には、この冷たさが何よりも心地が良かった。
頬から添えられた手へと、熱がじんわりと移ろう。
冷たい気持ち良さが遠のく残念さとは裏腹に、外気の凍てつく空気に守られるようにして頬にぴたりと付いた手が、まるで一枚の皮膚のように融合していく気持ち良さが湧きか上がってきた。

まるで、ずっと前から俺のものだったんじゃないかと勘違いしそうになる。

肌をせり上がる気持ち良さが、ただ単に熱の伝導によるものなのか。
それとも人肌によるものなのか。
何がこんなにも細胞に訴えてくるほどの気持ち良さを与えているのだろう。
ぷつりと再び切れてしまいそうになる意識を、気持ち良さを思考することで留める。
相変わらず皮膚は肌の肌理にまで沿ってぴたりと合わさっていた。

あぁ、気持ちが良い。

そう思い続けたまま暫しの時を楽しむ。
体内に溜まった快感の熱が、出口を求め喉元まで辿り着いた。
吐き出そうと微かに唇を開いた、その時。

ふわりと、人の香が鼻先に迫る。
嗅いだことの無い香りだ。
微かに匂うお酒と体臭の混じったそれが、鼻の奥をついていく。

気付いた時には、緩やかな風に靡かれた花たちがそっと触れ合うような、ただ添えられるだけの口付けが唇に落とされていた。
吐き出されるはずの快感を、喉仏を漂わせごくりと飲み込む。

もう開くことも億劫になった瞼の裏で、俺は当たり前のように思っていた。

そうだ、こいつは”女”だと。





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