二世の契り | ナノ


まるでもともと一つのよう



案の定、ただの飲み会と化した私の25歳の誕生会。
いつ抜け出そうかと考えながらも、シカクさんと同じ空間にいられることへの喜びか、お酒に溺れたいと願ってのことか。
結局、解散の声がかかるまで居座り続けていた。

「だいぶ酔ってますね」
「気にすんな、そんな酔ってねーよ」

そうひらひらと手を振ってゲンマの言葉を躱したシカクさんは、そのままふらりと居酒屋を出て行ってしまった。
その姿に、私は慌てて立ち上がり後を追う。
閉塞した空間にいたせいか、外の空気がやけに新鮮に感じた。
吐き出す息があまりに白いことを見留め、もしかしたら雪が降るのではないかと予感する。

「雪でも降りそうだな」

居酒屋を出たシカクさんは、私の存在に気付いているのかいないのか、ふと立ち止まってそう小さく呟いた。

「そうですね」

紫煙のような息を吐き出して、再びふらふらと歩き出したシカクさんの背中をそっと追いかける。
途中小さな段差にでも躓いたのか、かくんと重心の傾く姿に、やっぱりだいぶ酔っているのだろうと確信した。

「少し、休んでいきませんか」

そっと背中に手を添えて、近くのベンチへと促す。
酔いを覚まさせなくては。
そう思っている思考の裏では、相も変わらず醜い感情がちらちらと顔を出す。
もう少しだけ、側にいたいと。
誕生日の今日ぐらいは、ヨシノさんからシカクさんの時間を少しは貰っても許されるだろう。
そんな体の良い言い訳を用意して、私はシカクさんが熱い息を吐き出しドスっとベンチへ腰掛ける姿を見つめていた。
背凭れに腕を引っ掛け背中を預け、また熱い息を吐く。
もわりと昇る紫煙に似た息を視線が追った。
何も言葉を発さないシカクさんは、きっと私がいることにも気付いていないのだろう。
その証拠に、ベンチに腰掛けた途端瞳を閉じてしまうと、すーすーと穏やかな息遣いを始めた。
私はそっと殺しても意味のない息を殺してシカクさんの正面に立つ。
こんなにも酔っている姿を見るのは初めてだった。
暁の一件がひと段落したのか。それともヨシノさんが無事でほっとしたのか。
やっと一息つけるタイミングが、私の誕生会だったのかもしれない。
頬の傷痕に寄った微かな皺が、それでも疲れを物語っているような気がして切なくなった。
この疲れを癒せるのは、私ではないのだと。
そう気付いたからだ。
それでも身体は正直なもので、考えるよりも先に私の冷え切ってしまっていた手はシカクさんの頬にできた傷痕へと伸びていた。
胸にじわりと、スポンジを握り締めた時のように愛しさが染み出してくるのを感じる。
いやに落ち着いている心音が、それでも確かにとくんとくんと時を刻んでいた。
指先がそっと割れ物にでも触れるように頬へと辿り着く。
少し皮膚の固いざらりとした感触に、女性とは違う太い顎の骨。
傷痕だけがつるりとした質感を指先に伝えていく。
お酒のせいで火照った頬の熱が、ゆっくりと手に宿っていた冷たさを奪っていった。
まるで、氷がお湯の中でじんわりと溶け出していくように。

「冷てぇな」

微睡みの中にいるような双眸が薄っすらと開かれ、また閉じていく。
冷たさが心地よいのか、シカクさんは一つ熱い吐息を吐き出した。
委ねられるようにして添えていた手へと微かに傾いて寄る頬に、僅かに出来ていた手との隙間は空気も通さない程に無くなっていた。
肌の肌理にまで添って合わさってしまったようなそこは、まるでもともと一つだったのではないかと思わせるほどに、しっくりと手に馴染んでしまっている。
溶かされた冷たさは、小さな火を灯されたように熱を発し始めた。
奪い奪われ、灯された温かさに互いの体温が一つになっていく。

そのなんと気持ちの良いことか。

愛しさに恍惚とした私は、誰に見られるかもしれない可能性や、シカクさんが再び瞳を開けてしまうこと。
ヨシノさんへの嫉妬や遠慮。
その全てを熱に溶かしてしまうように、シカクさんへと引き寄せられていった。
それはまるで、磁石が引き合うように。

しっとりと、触れるだけの感触が唇を犯していく。
微かに皮剥けた唇はどちらのものか。

そっと離した唇から肺の熱っぽい空気を細く吐き出す私とは違って、シカクさんは相も変わらずすーすーと穏やかな寝息を立ていた。


かさり。

「おい」

微かな人の足音に耳がぴくりと反応を示す。
聞きなれた声が闇夜に紛れて私に向けられていた。
シカクさんと繋がっていた全てをそっと手放せば、久しぶりのように掌は外気の寒さを思い出し、それを全身へと伝えた。
まるで服を脱いだ時のように心許ない。
私に声をかける暗闇に浮かび上がった影に視線をやった。

「ゲンマ」

そこにはいつも通り、千本を加えて私をどこか一線を引いて見つめる瞳があるだけ。
全てを見られていたかもしれないことを理解していながら、思考は酷く冷静だった。
動揺なんて言葉がこの世には存在しないかのように深海へと落ちたような感情は、何事も無かったかのように私の口から言葉を滑らせていく。

「運ぶの、手伝ってくれる?」

じっとこちらを見つめたゲンマではあったが、私が知らぬ存ぜぬを貫くことを悟ったのか一つ溜息を零すと、シカクさんを運ぶのを手伝ってくれた。

奈良家では当たり前のようにヨシノさんがシカクさんの帰りを出迎える。
その光景に、やはり私とシカクさんは一つではないのだ。
そんなことを、貼り付けた笑顔の裏で思い続けていた。





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