二世の契り | ナノ


許されない選択



ゲンマと共にこなした任務は、あれからズタボロもいいとこだった。
シカクさんへの気持ちが、彼とヨシノさんの絆を浮き彫りにするなどとは思ってもいなかった私は、その醜い感情を抱えたまま任務を遂行し失敗したのだ。

忍をなめるなよ

そう言われても当然だった。
里の為には、今忍を辞めるわけにはいかない。
けれど、弱り始めた心はいとも簡単に辞めようかなどと思考し始める。
そんな甘えた考えを巡らせている中で、私はまた一つ歳をとることになった。
25歳の誕生日が来たのだ。
あまりの時の流れの早さに、くらりと眩暈を覚える。

いつもの居酒屋で行われることになっていた私の誕生会。
こんな精神状態では乗り気なんて言葉とは縁遠かったが、集まってくれた人たちの手前出ないわけにはいかないという変に義理堅い思考が私を居酒屋へと向かわせていた。
ガラガラと建て付けが悪くなりつつある扉を開こうと手を伸ばす。
壊れていて開かなければいいのに。
なんて下らないことを考えたが、そんなことがある筈もなく、いつも通りの音を立てて扉は開いた。

「沙羅ー、遅ーい」

主賓が来る前に出来上がりつつあるアンコが手を挙げている。
いつもなら、まったく。なんて呆れた笑みを浮かべられるのだが、そんな余裕すら無くなっていた私は「ごめん」と微かに唇を引き上げただけだった。

「何突っ立ってんのよ!こっちこっち」

ぐいぐいと引き込まれた私は、所謂誕生日席なる場所へと座らされた。
ちらりと視線を上げると、そこにはゲンマがちびちびと熱燗を傾けている。
同期のためとはいえ律儀に誕生会に出席するとは。
なんともゲンマらしい。
いや、彼のことだから俺は勝手に飲んでるだけだ。とでも言うのかもしれない。
どちらにせよ、こんな場所にいるのだから律儀な人間には違いないのだろう。
そんなことを考えている間に、待ってましたと言わんばかりの勢いで私の誕生会がアンコの音頭で始まった。
一言を求められた私は、「集まってくれてありがとうございます。素敵な誕生会を開いて貰えて幸せです」なんて在り来りな言葉を繰り出す。
だがそんな言葉一つを気にするような輩はこの場所にはいない。
暫くすればいつも通りの飲み会のノリになり、それは誰が止めるともなく深夜まで続くのだ。
こうなれば誰がいつどこで誕生会を抜けても問題にはならない。
勿論、それが主賓だったとしても。

しかし、この瞬間までは私は主賓としての役割を果たさなくてはいけないのだ。
この煌びやかにデコレーションされたスカスカのスポンジに、溶けるだけの生クリームが乗った誕生日ケーキが目の前に置かれるまでは。

「じゃあ、さっそくケーキを持ってきまーす」

千鳥足気味のアンコがそう言って奥へと引っ込んでいく。
大丈夫か?なんて声があちこちから聞こえた。
私といえば、始まったばかりの誕生会に既に溜息を零す寸前である。
好きでもないケーキが、今は輪を掛けて嫌いだ。
そんなものが目の前に来ようとしているのである。
誕生会を開いてもらった立場の人間が言えたことではないが、今の私はそれを満面の笑顔で受け止められるだけの精神力を持ち合わせてはいなかった。
アンコが奥で騒ぐ声が聞こえる。
ケーキが運ばれてくるのだろう。
そう思った時だった。

「間に合ったか」

ガラガラと私が立てた音と同じ音をさせて、居酒屋の扉が開かれたのである。
入って来たのは、今この心を占めているシカクさんに他ならなかった。
ぴくりと肩が跳ねる。

「シカクさぁーん、遅かったですねー」

へらへらとしたアンコが、ケーキをゆらゆらとした足取りで運びながらシカクさんへ話し掛ける。

「おう。少し野暮用でな」
「大丈夫ですよー、これからがメインイベントですからー」

語尾をたらたらと伸ばしたアンコが私の目の前にケーキを置いていく。
どうぞどうぞと同期が遠慮がちに空けた席へと、シカクさんはを腰掛けた。
かたりと動いた椅子の音や、よっこらせと言う少し乾いた声に、とくとくと心音が早まっていく。
と同時に、遠のいていく背中が思い起こされ机の下で気付かれぬよう小さく拳を握った。
どうしたらいいのかも分からぬ感情を持て余したまま、視線が目の前のケーキを捉える。

一本、二本。
歳の数だけ刺さる色とりどりの蝋燭。
その中で、今にも倒れそうな真っ赤な蝋燭が目に飛び込んできた。

スカスカのスポンジに適当に刺された蝋燭。
溶けるだけの生クリームに支えられて立っているだけ。
それは、まるで今の私そのもののような気がした。
シカクさんへの気持ちをどうしたら良いのか分からず、ヨシノさんへの醜い感情を持ち、あまつさえ忍として立つことすらままならない。
こんな私は、まさに倒れそうな蝋燭そのものだ。

魅入られるようにして釘付けになった蝋燭が、ゆっくり。ゆっくりと傾いていく。

あぁ。やっと倒れられる。

立つことすらままならない蝋燭ならば、いっそのこと倒れてしまえばいい。
忍としても。
シカクさんへの気持ちも、ヨシノさんへの醜さも。
全て。

全て放り出してしまえばいいのだ。
倒れてしまえば、何もかも無かったことになる。
忘れられる。

そう思った時だ。
今にも倒れる寸前の蝋燭を秒読みのように待ち受けていた私の視界に、武骨で切り傷の絶えないよく見知った手がするりと割り込んできたのである。

「倒れそうじゃねーか」

ぽつりと溢れた呟きと共に、その手が倒れることを望んだ蝋燭を事もなげにひょいと取り上げ、ケーキに深々と刺していく。
ぐさりと鳴る筈の無い音が聞こえそうになるほど、それは私にとって衝撃的なことだった。
そして直感的に悟り、諦めを突き付けられたのである。

あぁ。私は辞められない。

彼が。シカクさんがその選択を許していないかのようだ。

一本だけ、他の蝋燭よりも深々と刺さるそれを、私は点った火を吹き消すまで永遠と見つめ続けていた。

シカクさんの優しい心遣いが、今の私には辛いものでしかなかった。





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