二世の契り | ナノ


当たり前のこと



どうしたらいい。
そんな分かりきっている答えが用意されている質問を、繰り返し繰り返し問いかけている。

ナルトくんが暁を倒し里の人々に讃えられたあの日。
心に渦巻いた二つの感情を持て余した私は、人目も気にせず声を押し殺して泣き続けた。
腫れ上がった重い瞼の裏に映る鮮やかな蜜柑が、胸の奥で腐りぐちゃぐちゃと踏み荒らされていく。
私が一番に見捨ててしまった人の元へ一目散に駆けていく背中が、鍋の焦げ付きのように視界にこびりついていた。
それが嫉妬以外のなにものでもないということには、勿論気付いている。
シカクさんが放り投げた蜜柑が私の手に収まった瞬間から、きっとこの胸に砂を擦り付けられたような感覚の正体には気付いていたのだ。
その存在を視界に、思考に入れることで、傍らにいるヨシノさんも目に入ってしまうと。
気付いていたのに、私は見て見ぬふりを続けていた。
シカクさんと、ヨシノさんは別ものであると。
そう思い込もうとしていたのだ。
頭ではシカクさんの愛するヨシノさんを守る。木ノ葉の人々を守る。という建前で病院を警護していたのに、気付けば全てを放り出していた。

恐怖が私に与えたものは、本能。

しかしその本能が向かった先は、愛する人の元へと遠のくシカクさんの背中だった。
現実が私に教えてくれたのは、 シカクさんには愛する人がいて、二人は互いを思い遣る一つの存在である。
という当たり前のことだった。


「後ろだ!」
「!」

ゲンマの声が脳天を貫く。
復興に向かう木ノ葉は忍を次々に任務へと送り出していた。
誰一人例外無く。
よって泣き腫らした目が回復する余裕なく任務へと向かった私に、周囲は奇異の目を向けた。
久しぶりに同じ任務に就くことになったゲンマも、この醜態を見留めて何かを言ってくるだろうと思ったが、彼は何一つ言葉にすることはなかった。
向けられた視線も、隊長の掛け声で直ぐさま逸らされていく。
しかし、冷ややかにも思えるその対応も、今の私には丁度良かった。
忍としての覚悟とか。任務に向かう態度とか。
シカクさんへの気持ちとか。
彼の目に映る今の私は、きっとろくでもない姿をしているのだろうから。

だからゲンマの声が脳天を貫いた瞬間に、やらかした。と思考が瞬時に失態を悟る。
鬱蒼と茂る木々の合間で交戦していた敵の刃が、背後でギラリと光ったのだ。
咄嗟に避けるも腕を走る鋭い痛みに眉を顰める。
案の定ぬるりと流れた血に溜息が溢れた。

「何考えてんだ」

討ち漏らした敵を排除したゲンマは、私の前に音もなく現れた。
低く冷たい声音に、バチンと頬を打たれた時の記憶が蘇る。
まるで忍として振り出しにでも戻ってしまったかのようだ。
静まり返った森の中で、ゲンマの問いだけが木霊のように鼓膜へと返ってきた。

何を考えているのか。

きっと、ゲンマは私に集中しろと言っているのだろう。
ここのところ宛行われる任務のどれもこれもに集中出来ていない自分には気が付いていた。
原因など分りきっている。
けれど、分かっているからこそ頭の隅へと追いやれないのだ。

シカクさんへの気持ちを。
ヨシノさんへの気持ちを。

私情を捨てることが忍の鉄則ならば、今の私はとてもではないがかけ離れたところにいる。
それでも、辛うじて忍を続けていられるのは、シカクさんの、彼が私を忍として認めてくれた言葉があったからだ。

しかし、それもこのざまでは話にならないのかもしれない。

閉口した私に、ゲンマのいつの日か聞いた冷めた声が降り注ぐ。

「忍をなめるなよ」

なんでもない。
そんな当たり前のことに、そっと瞳を閉じた。
あの時とは違う。
微かな抵抗のように、

「ごめんなさい」

そう小さく呟いたが、その言葉に宿る力は私の心を映し出すように微かなものでしかなかった。





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