二世の契り | ナノ


この痛みは足のせい



ズキン、ズキン、と痛みが増していた。

先の任務でどうやら足を捻っていたのか、その痛みが今更のようになって足首を襲っていた。
奇襲を受けて枝を踏み外した時か、と気付くのは容易い。
あの時はどうやら敵の麻酔薬が身体に残っていたのか痛みよりも痺れが先行していたが、任務後すっかり痺れが抜けると、負傷していた部分へと痛みがダイレクトに伝わるようになっていた。
怪我を甘くみるな。というアカデミーの頃からの教えに従い、私は雨雲続きだった空から解放された爽やかな空の下、木ノ葉病院へと赴いている。

「急患です!道を開けてください!」

さっさと治してしまおう。
そう考えて相も変わらず受診患者の多い木ノ葉病院の受付まで向かっていた時のこと、後ろからざわざわとした空気を裂くように、そんな声が聞こえてきた。
誰だろう。
そんなことを考えもせずに、ただ声のした方へと振り返る。
担架を担いだ医療忍者が、早足にこちらへと近付いて来ていた。

「急患です!道を開けてください!」

何度もそう繰り返しながら治療室と看板の出る通路へと向かって行く。
目の前を担架が過ぎ去った。
運ばれていく患者がちらりと視界を横切る。
苦しげに眉根を寄せ、青白い顔が苦痛に歪んでいた。
もしこれが見知らぬ人ならば、大変だ。で終わるところなのかもしれない。
私は自分の治療をしてもらいに受付を通り、診察室へと足を向けるのが普通だ。
しかし運ばれていった患者に見覚えがあった私は、はたともう一度担架の過ぎ去った方へと視線を向けた。

あれはヨシノさんではなかったか、と。

目の前で繰り広げられた急な展開に、首が治療室へと吸い込まれていった担架と医療忍者の背を見遣ったまま固まる。
横を遅れて入ってきた医療忍者が治療室へと駆けていった。
その背を思わず呼び止める。

「すいません!」

呼び止められた相手の急ぎにも構わず、私は担架で運ばれていった人物の名を尋ねていた。

「ヨシノさんのお知り合いですか?!」

見事に的中した予感に、相手の驚きと急ぎの入り混じった緊張の声色が緩んだ。
なんでも道端で倒れているところを発見されたのだという。
そう、ですか。という曖昧な答えに医療忍者は急いでいるのでと告げて去って行った。
あっという間に普段の病院の喧騒を取り戻していく空間。
ざわざわと人と会話がごった返す。
そこにぽつりと取り残された私は、喧騒にハッと意識を戻された途端に、脳へと電気信号が走るのを感じた。

シカクさんに伝えなくては。

自分の診察などすっかり頭から抜け落ち、反射のように迷うことなく踵を返し病院の入口へと足を向けようと踏み出す。

ズキン、

当たり前のように踏み出した足首が悲鳴を上げた。
ピタリと止まった足に、はたと息を止める。
臍がとくりとくりと脈を打ち、思考がすーっと頭の後ろへと引かれていくのが分かった。

もし、ヨシノさんが倒れたことをシカクさんに伝えてしまったら……

もし、と、あり得ない定義が頭を過る。
まるでズキン、と痛んだ足首から生まれ出たような思考が私にそっと囁いた。

シカクさんは真っ先にヨシノさんの元へと行くのだろう。
私など、目もくれずに。

ズキン、

と足首の痛みが胸に響く。
あまりに唐突として浮上してきた考えに、まさかと首を振る。
冷静になれ。
落ち着け。
そう繰り返すように細く細く息を吐き出しては吸い込みを繰り返した。
私はシカクさんに伝えるだけでいいのだ。
あなたの大切な人が病院に運ばれたと。
それを伝えるだけでいいのだ。

それだけのはずなのに。

私の足は、終ぞそこから一歩も動くことはなかった。
シカクさんの元へと行こうとする心はあるはずなのに、どうにも動かない足はどうすることも出来ずにただ棒のように立ち尽くす。
湧いて出てきた感情に、どうしたらいい。と困惑していた。

「どうしたんスカ?」
「え……」

見下ろして固まる視界に人の足が映る。
掛けられた声に視線を上げれば、そこにはシカクさんの面影を色濃く受け継ぐ青年が立っていた。

「シカマルくん……」

初めて口にしたかもしれない名に、困惑していた思考がふいに出口を与えられたように落ち着きを取り戻していった。

そうだ、彼に伝えればいいのではないか。
きっとシカクさんの元にも伝わる。

その考えが痛みから生み出された悪魔の囁きに似たものであるとは、この時の私には想像も出来ていなかった。
ただ、私がシカクさんに伝えたとして。
彼が一目散にヨシノさんの元へと行ってしまうその背を見たくないからという、それだけの理由だった。

「あのね、」

事情を説明すると、シカマルくんは目を見開いて治療室への通路を見つめる。
そして私にぺこりと一礼をすると、「ありがとうございました」と言ってその場を後にして行ってしまった。
けれど治療室の方へは行かなかったので、シカクさんの元へと行ったのか。
それともシカクさんの息子らしく任務を先に遂行しに行ったのか。
それは定かではないが、いずれ情報はシカクさんの元へと間違いなく届く。

これでいいのだ。
私は間違ったことをしていない。

ズキン、

と痛みが胸を突いた。
再び残された喧騒の中で、その痛みを確かめるようにして一歩を踏み出す。

ズキン、

足首から胸へと響くそれに、私はほっと胸を撫で下ろした。
それが誤魔化しであることに、心のどこかでは気付いていたとしても。

この痛みは足のせいであると、

そう思い続けていた。





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