二世の契り | ナノ


雨に乾杯



ばしゃばしゃと、文字通りバケツをひっくり返したような雨が降り続いていた。

先の戦闘も相まってか班員に疲労の色が出ているのには気付いていたし、沙羅も薬か何かを盛られるか打たれるかしたのか身体が痺れていると訴えていたので、丁度いいかと宿で一晩雨宿りをすることに決めた。
濡れ鼠のまま宿を借りるのは申し訳なく思ったが、女将は訪ねた俺たちを見るや否や「おやまぁ」と言って風呂から何から全て用立ててくれたのだ。
任務中とは思えぬ快適さに雨も悪くねぇな、なんてことを思う。
いつ止むかもしれぬ雨に、結局は明日この横時雨になりつつある中を出て行かなくてはいけないかもしれないと思考する。

任務を完遂するためのベストな布陣はどれだ。
沙羅は明日には使えるようになっているのか。

そんなことを月も出ぬ夜長に考え耽ったせいか、一眠りしようと思っていた思考は冴えてしまった。
こんな時は寝酒を頂戴するにかぎる。
思うが早いか、明日の支度に追われる女将へ声をかけてちょいとばかし酒を頂いてきた。
とくとくと御猪口を満たす白色に頬が緩む。
ほんの少しだけ。
それが分かっているからか、喉を通る刺激がより一層美味く感じた。
窓の外は闇を貫く雨の槍が地上に降り注ぎ続けている。
雨が屋根に打ち付け伝い、大粒の雫になって落ちていった。
落ち着いた思考でそれを何となく見留める。
雨粒が格子にぱしゃんと当たった瞬間、脳裏を沙羅の言葉が過ぎった。

どうして、私が助けてと言わないって言い切れたんですか。

そう言ってきたことに、俺はいつものようにはぐらかそうとした。
こういうことは本人を目の前に言うことではないと思っていたからだ。
しかし、普段だったら俺の返答に空気を読んで引き下がる沙羅が、何故か今日は真っ直ぐこちらを見上げてきた。
「はぐらかさないでください」という主張に、何か信念のようなものすら感じたのだ。
ただただ硝子のように透き通った瞳に数本血走った赤が、譲らない迫力に見えただけかもしれないが。
それでも、何かを掴もうとしていることだけは分かった。

惜しいと思いながら、いつか忍を辞めるのだろうと思っていたシカマルに似た奴。
それがいつの日かぽつりと、”怖くないのか”と聞いてきた。
その問いに、あぁ出会ったのか、と静かに団子を食いながら思ったことを覚えている。
その問いは忍として出会うものに出会わないと出てこないものだ。
こいつが変わろうとしている。
そんな予感に似た何かが、あの時からしていた。
そしてそれ以上に、期待も。
忍として惜しいと思っていた奴が成長していくことに、喜びを感じない奴はいないだろう。

だからこそ、俺ははぐらかすことをやめた。

ちゃんと忍の面になってきたと、そう伝えてやらなくてはいけないような気がしたのだ。

襖を隔てた向こうで体力の回復に努め眠りの底にいるだろう沙羅の顔を思い出し、ちらりと視線をやる。
まだまだ成長していくのだろう期待に、口元が綻んだ。

「ま、まだまだだけどな」

と一人ほくそ笑んだ言葉は、雨音に攫われ溶けていく。
小さく掲げた杯に込めた後輩への激励を、俺は迷うことなく飲み込んだ。

願わくば、あの瞳のように真っ直ぐ成長してくれるようにと。





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