二世の契り | ナノ


うさぎと私



自然界の理が自分の身に降りかからないと、どうして言えようか。

日に日に映像が鮮明になっていく。
兎の白さが映え、蛇の黒さが一層濃くなり、強烈なまでの明瞭さで視界を埋める鮮血の赤。
どうして今まで忘れていたのだろうか。
こんなにも当たり前のことを。

「沙羅!」
「!」

避けきれなかったクナイが腕を掠めていく。
鋭利な切っ先が肌を滑っていく感覚に、鳥肌が立った。

「ぼさっとするなよ」

ぴたりと背中についたゲンマが血を流した腕に目を留める。

「大丈夫だから」

腕に一瞥もしない私の言葉を聞くと、ゲンマはまた葉音一つ出てずに背中から消えていった。
つーっと腕を伝う血液の感覚。
クナイが肌を滑る鳥肌とは違うぞわりとした悪寒が首筋を這った。
まるで、あの黒々とした蛇が脊髄を這い上がってくるような不快感だ。

「お前、背中がガラ空きだ」
「!」

直ぐ背後から耳元で囁かれる誰ともしれない声。
殺られる、と直感した体は咄嗟に力いっぱい短刀を振りかざし薙ぎ払う。
誰か、なんてこの戦場ではどうでもいいことだった。
誰かが、私を殺そうとしている。
それだけが、厳然たる事実だった。

足が竦んでいる。
あの兎も、突如として目の前に現れた蛇に同じようなことを思ったのだろうか。
殺られる、とあの血走る狩猟者の瞳を見て、悟ったのだろうか。

白が、黒が、赤が。
目まぐるしく視界を彩っていく。
その迫力に、「怖い」と小さく呟いていた。

「死ね!」

向かいくる、誰か。
誰ともしれない、誰か。
ただ一つ確かなことは、誰かが私の命を奪おうとしているということ。
息の根を止めようとしていること。

あの日の白兎が、自分に重なっていく。
誰かが黒蛇に化けていた。

この世界は、残酷だ。
殺らなければ、殺られるのだ。

あの白兎のように。
今の、私のように。

「!」

ぐさり。

ぎゅっと力いっぱい瞑った瞼と、どさりと前面からのしかかってくる重い何か。
震えるほどに握りしめていた短刀から、ぬめりとした液体が腕を伝った。

瞼を開けるのが怖いと、これほど思ったことはない。
今私が浅い息を繰り返していることが、この戦闘の結末のような気がして恐ろしかった。
目を開けた時、私にのしかかっているものが何かを知るのだ。
この手が貫いたものの正体を見るのだ。

怖い。

本能がそう訴えていた。
だから不意にのしかかっていたものが体から剥がされ、ずるりと手が短刀から離れた時、私は心底安堵したのだ。
やっとのことで恐る恐る瞼を開く。

私を待っていたのは、

「だからお前は忍に向いてねぇんだよ」

といういつの日か聞いたゲンマの声と、傍に転がる人らしかった何か、だった。
胸に一突きされた短刀は紛れもなく私が握り締めていたそれで、視界に入れた瞬間に喉仏から拳がせり上がってくるような吐気が襲った。
手に残る肉と骨を貫いた感触を忘れようと爪を掌に食い込ませる。
けれど、当然そんなことでは払拭されるはずもなく、ただただ爪痕と血が滲むだけだった。

この世界は残酷だ。
いつの日も殺るか、殺られるか。
殺らなければあの兎と同じ運命を辿るのだ。
分かっていたはずなのに。

そんなことが当たり前の世界で生きていたはずなのに。

私は、今更恐怖した。





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