二世の契り | ナノ


似ていた



あいつは、シカマルに似ていた。

大人の世界じゃ綺麗事で事が周るはずはない。
人の数だけ思考に思惑とてんこ盛りだ。
右を見る集団があれば左を向く集団がいて、右を見てると思ったら実は左を向いていたなんて話はそこら中に転がっている。
忍の世界になれば尚更だ。
どこでどいつが誰と繋がっているか分かったもんじゃないし、疑い出したらきりがない。
里同士の戦略合戦になれば、それは相手の息の根を止める糸口にすら成り得る。
だからこそ、里内での仲間内で起こるあれやそれはなるべく無いにこしたことはないのだ。
特に不満や悪口なんかは人伝に尾ひれはひれが付いて誇張された挙句、ろくでもない結末を辿る。
俺はそんな話を、見たり聞いたりと歳の数だけしてきた。
だから結局のところ、「仲間を大切にしない奴はクズだ」ってどこかの誰かの受け売りだが、まぁ、そういうことだ。
それでもぽろりと溢れる不満や悪口が消えるわけではない。
俺が聞いたのは、そんなぽろりと溢れた悪口に似た何かだった。

「あぁ、あいつ?あいつは替えが利くから」
「いたらいたで普通に使えるけど、まぁいなくてもな」
「確かに」

煙がもわりもわりと立ち込めるその場所で、そんな会話が俺の足を止めた。
最初は同じ里の仲間をなんだと思ってるんだと溜息が溢れそうになったが、話を聞いていればその”替えが利く”と噂されている奴に興味が湧いた。

探し始めるとそいつは案外近くにいて、次に俺がチームを組む面子の中にいた。
運が良いことに。
忍者登録データに目を通せば、確かに可もなく不可もない、そんな忍だった。
それでも使い方次第で戦闘においては大きな勝ち星を引き寄せる駒にもなるのだ。
俺は他の忍たちが零していた”替えが利く”という言葉に対し、お前らがこいつを使いこなせていないだけじゃねーのかと思った。

集合場所に現れたところを歓迎の言葉もそこそこに単刀直入に切り込む。
「お前は何ができる」と。
するとこいつは弱々しく「感知、です」と答えた。
一目で自信満々タイプじゃねーなと見抜くのは簡単なことで、おまけにどこか他の奴らとは違った空気を感じさせた。
それも、俺のよく知る部類の空気だ。
それは任務中に気付くことが出来た。
こいつは意外と頭の回転が速い。
俺が地図の上を指差ししながら指示を出す。普通はそれに合わせて相手の視線も動くのだ。
しかしこいつは違った。
俺が指を指す一歩先にちらりと視線をやるのだ。
ただ確信がないのか、俺の指と一歩先を視線が行ったり来たりしている。
そして指が自分の見ている場所へ辿り着くと、こいつは無意識なのか小さく息を吐くのだ。
その仕草に、俺は自分の息子が将棋を指しながら同じようなことをしていたなと思い出し、あぁこいつはシカマルに似ているのかと思い至った。
そう考えてみると案外しっくりくるもので、仲間内での会話を聞いているとますますシカマルに似ていると感じるようになった。
昼寝が好きとか、雲を見ていると落ち着く、とか。
お前はシカマル2号か。と突っ込みたくなる気持ちを、苦笑に紛れ込ませて誤魔化す。
こいつは癖があるだけだ。

しかし、そう思ったのも束の間。
こいつはシカマルに似ているが、シカマルよりも甘いやつだということに気付いた。
あの、

殺さないで

という台詞である。
裏切り者なんてこの世界にいれば出会いたくなくとも対峙せざるを得ない可能性は大いにある。
俺もそんな奴らを数多く手にかけてきた。
何故か。
至極簡単である。

殺らなければ、殺られるからだ。

自分の身を守れなかった。それだけで話が済むならまだいい。
しかし俺たち忍には守らなくてはならないものが数多くこの背にのしかかっている。
己自身だけでなく、仲間、家族、里。
その全てを守らなくてはならない。
だからこそ、裏切り者が出た時は速やかにそれを排除するかどうするかの決断をしなくてはならないのだ。
勿論、操られているという可能性もあるため裏切り者=排除と直ぐに判断するわけではない。
だが、排除するとなれば迷ってはいられないことは忍であれば誰でも分かることだ。
しかしこいつは殺さないでと口にした。
それを聞いた時、俺はこいつの未来を何となく予感してしまったのだ。

いつか、忍を辞めるのだろうと。

それでも、幾度となくこいつをチームに入れ続けているのは、きっと。
心のどこかで惜しいと、そう思っているからなのだろう。





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