曼珠沙華

GONSHAN. GONSHAN.何処へゆく、

赤い、御墓の曼珠沙華(ひがんばな)曼珠沙華、

けふも手折りに来たわいな。

GONSHAN. GONSHAN.何本か、

地には七本、血のように、

血のように、

ちやうど、あの児の年の数。

GONSHAN. GONSHAN.気をつけな。

ひとつ摘んでも、日は真昼、

日は真昼、

ひとつあとからまたひらく。

GONSHAN. GONSHAN.何故(なし)泣くろ。

何時まで取つても曼珠沙華、曼珠沙華、

恐や、赤しや、まだ七つ。

       (北原白秋)










(ここは…)


見渡す限りの暗闇が目の前を横たわっている。

一瞬、自分が立っているのか倒れているのか判らないくらい空間の境界が曖昧な世界。


暗闇だというのに不思議と不安も恐怖も感じないことに山陽は少し違和感を覚える。


…SHAN. GONSHAN.


(…歌?)


幽かな声に耳をそばたてるが、それ以上は聞き取れない。

その代わりに暗闇の一部が淡く灯り緩やかな輪郭を作り始めた。


そして鈴を転がすような音と共に現れたのは白い着物の少年。

表情までは判らないが、纏う衣装に負けない白磁の肌、暗黒に溶け込む漆黒の髪に良く知る同僚を重ねる。

少年は山陽を気にすることなくゆっくりと歩んでいく。

道なき道を。

(なあ、何処に行くんだ)

「曼珠沙華(ひがんばな)を摘みに…」

囁く少年の声は水が土に染み込むように山陽の中に溶けてゆく。

だが、その心地よさも少年が手にした“モノ”で一気に覚めた。


赤い、赤い曼珠沙華。

白い手に握られたそれは異様な鮮やかさを讃えている。


(そんなもん捨てちまえよ)

ふっと呆れたような笑みが少年の表情を初めて彩った。

「何処に棄てろと?」


GONSHAN. GONSHAN.


(またあのう……)


歌につられて視線を巡らした山陽は目を見開いた。

そこは既に暗闇ではなかった。


無数の曼珠沙華の咲き乱れる花畑が延々と続いている。


赤、赤、赤、


血の海のような赤に埋もれる足に思わずたじろいだ。

染まるはずもないのに…。

頭では判っていても身体が反応してしまう。それほどこの赤は生々しかった。

噎せかえるような感覚に眉を潜める相手を一瞥し、少年は抑揚のない声で紡ぐ。

「早く此処から出ろ。戻れなくなる」

(何言ってんだ!お前も!!)

手を伸ばす山陽に少年は頭を横に振る。

「私は此処にいる、いなければならない。あの児が此方に来ないように」

(あの児?)

山陽の言葉には答えず少年は再び歩き出す。

(行かせるかよ!)

何故か、山陽の中で少年を引き留めなければならないという思いが駆け巡る。

理由はない、ただこのまま行かせてしまったら大切な何かを失ってしまいそうで…。

少年の右手を掴み強引に振り向かせる。


(…そうか)


少年の顔を正面から見つめ山陽はようやく悟った。

眼鏡を掛けてはいないが動じることなく見つめ返す黒曜石の瞳は彼のもの。

「九州…帰ろう」

諭すように優しく語りかける。腕の力は緩めない。

強い視線に少年は弱々く瞳を伏せる。

「…すまない」

小さく囁くと風が吹き抜けるように山陽の手を逃れ、血の海を駆けていく。

「っ九州!」

追いかけようとするが、足に曼珠沙華が絡み前に進めない。

どんどん進んでいく白い影に必死に手を伸ばす。

「行くな!」


飛び起きた山陽の前には虚しく伸ばされた腕、そして見覚えのある部屋が広がっていた。

壁に掛けられた時計が時の流れを刻んでいく。

「俺は…」

荒い息を整えながら一つ一つ確かめていく。

確か仕事で博多に来て遅くなったからとそのまま九州のとこに泊まって…。


九州…。


隣にない温もりに言い知れぬ恐怖を覚え山陽は寝起きにも関わらず、駆けるようにして九州の姿を探す。

「九州!」

リビングに雪崩れ込むと大声で名を叫ぶ。

「何だ朝から…っ」

台所から怪訝な顔をのぞかせた九州を山陽は安堵のあまり抱きすくめる…

筈だった。


手にしていたお玉で脳天を貫くようなアッパーを食らわなければ…。

あまりの激痛にしゃがみこんだ山陽は涙目で九州を睨む。

「何すんだよ!!」

「それは此方の台詞だ!リビングに全裸で入ってくるとは貴様こそどういう神経をしている!!」

「え?」

そう言われてまじまじと自分の状態を確認した山陽は苦笑いしか出来なかった。

一糸纏わぬまま走り回っていたらしい。

「あっはは…そっか昨日久々にやってそのまま…」

ひたっと首元に添えられた包丁が怪しく光る。

「それ以上口にする気なら今ここで貴様を三枚に卸す」

凍えるような笑みに身を縮こませて素直に頭を下げる。

「申し訳ありません…」

「全く、判ったらさっさと着替えてこい」

再び朝食の準備のために台所に戻ろうと踵をかえした後ろ姿に思わず伸ばした腕が九州を包む。

「よかった」

絞り出したその言葉に九州は抵抗しなかった。

「…悪い夢でも見たのか?」

肩口に顔を埋めたまま考えるが、山陽自身何故ここまで不安に感じるのか思い出せなかった。

確かに何かあったはずのに…。

「判らない…」

「馬鹿なことを口走る前に身だしなみをきちんとしろ」

「判った」と今度は大人しく寝室へと向かう山陽を見送り、九州は再び朝食の準備を再開する。

食器を出そうと伸ばされた右手にくっきりと残された跡を見つけると、九州は自嘲の笑みを浮かべる。

「私としたことが油断した」

彼処は墓場。思いを棄てられない私の墓標。

その領域に入り込むとは…。

山陽という男を少々侮りすぎていたらしい。


燃えるような朱い印を指先でなぞる。

その鮮やかさは山陽の強さの表れか。

(もしかするとお前なら『私』を彼処から連れ出せるかもな…)

手に刻まれた朱に期待を込めて唇を落とす。


始まりを告げる鐘は静かに鳴り響いた。



終わり




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