少年は出会った 3





焔は顔を凍らせ、振り返る。
そして、悲鳴をあげた。

「いっ!」

石に亀裂が入り、真っ二つに割れた。もう、隠れる物もない。目の前には、不気味な黒いモノ。それは、獲物を見付けて喜んでいるのか、奇声をあげた。
焔は、腰が抜けたのかその場にしゃがみ込む。

「あ……ぁ……」

頭が全身が逃げろ、と告げているのに動けない。ただ、目の前のを見ているしか出来なかった。

「お、お……し、?」

恐怖のせいか、声が出なく何を言っているか自分でも分からない。
涙も出ない。石を投げようとしたが、手に力が入らない。そんな気力もだんだんと無くなってきた。
これが諦めって言うんだ、と焔は心の中で思う。
焔を見ていた黒いモノは、焔が諦めたのを感知したのか、彼に近寄り始める。

「……ひ……!」

近くまで来たそれは焔に顔らしきモノを近付け、舌らしきモノを出し焔の頬を舐めた。

「……うわぁぁ!」

焔はただ悲鳴をあげるしかなかった。何回も舐められる。そのたびに悲鳴をあげる。
それは、焔の反応を十分楽しんだ後、口を大きく開けた。今から、焔を喰らうのだろう。焔は目を見開く。

「―――――!」

食べられる、そう思った時だった。

『突き刺せ、りょうげ』

焔は体を後ろに引っ張られる。その瞬間、今まで焔がいた所に穴が空いた。

「……っ?」

何が起こったか分からず、焔は後ろを見る。そこには見知らぬ青年がいた。

「あ、の?」

「間に合って良かった……大丈夫ですか?」

青年は笑顔で問い掛けた。
焔は声が出ず、こくりと縦に首を振った。

「それは、良かったです……」

『良かったね。感謝しなよ。僕がお前みたいな雑魚を相手にしてあげてるんだからね。有り難く思って、死ね』

宙に浮いている人物がそう言う。銀色の髪がなびく。

「封、早く倒して下さい」

青年は、封に声をかけた。

『何? 人間風情が僕に命令するの? ま、いいや。風に負担をかける訳にはいかないからね。ささっとこいつを殺すよ。りょうげ、そいつを切り裂け、八つ裂きにしろ』

封は、黒いモノに指を差す。その刹那、黒いモノは切り刻まれ、姿を消した。

『ちぇっ。逃がしちゃった。ま、りょうげよくやったよ。流石、僕の下僕だね』

封は、何もない空間に手を伸ばす。それに応えるかのように封の周りの風が強くなった。

『そうだ。これ、切られるふりして逃げた。また現れるかもよ? そいつを狙ってさ。あははははっ』

封は笑いながら、降りてきた。青年は、複雑そうな顔をした。

「それじゃあ、またこの子は狙われる事になるんですね……」

『そういう事。囮になってもらうしかないね〜』

明らかに楽しんでいる。そう思った焔は、苛ついた。

「……封、あまりその言い方は良くないと思いますが?」

『本当の事じゃない。なら、それが、覚醒するまで放っておく? 多分、喰われるよ? ま、僕はそれでもいいんだけどね』

口を弧に歪ませ、笑う。
焔は、腰をあげ汚れを払う。

「えっと、さっきはありがとう、ございます」

「いえ。あぁ、私は土屋菖蒲と言います」

「お、俺は、松原焔です!」

菖蒲の優しい微笑みに笑顔で返し、自分も名前を名乗る。

「こちらは……」

『ま、どうせ、また会うと思うからどうでもいいじゃん。囮くん、頑張ってね』

「だ、誰が囮だよ!」

焔は封を睨む。

「あ〜すいません。この人、人をからかうのが好きで……」

『……僕、もう寝る。疲れたし、こいつに興味ないし』

そう言うと、封の体は傾く。菖蒲はそれを支える。

「全く……やっと風ちゃんに戻った……」

溜め息を零した菖蒲は、焔に視線を向ける。

「もう遅い時間ですし、私が焔くんのお家まで送りましょう」

「えっ? あ〜!」

周りを見たら、もう暗くなっていた。焔は、声をあげた。

「大丈夫ですよ。ちゃんと焔くんの家族には、事情を話しときます」

「えっ……あの、こ……を……」

あの事を?と問い掛けたかったが、体が傾く。菖蒲が慌てて支えるのを最後に、焔の意識は途切れた。




【少年は、出会った・了】



mokuji



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