目覚めた黒の殺戮者 8
フォルテが宿から出てから少し経った頃、ラーグは目を覚ました。
「ん?」
辺りを見ると、リゼルとアックスはいたがフォルテとジェミスがいなかった。頭を掻き、面倒そうに言葉を言う。
「どこいったんだ、あいつら」
別に心配ではなかったが、気になったので二人を捜すため、布団から出た。 縁側へ出ると、捜してた一人がすぐに見つかった。紫髪の少女――ジェミスは、ボーっと空を見上げていた。足音に気付いたのか、こちらを見る。ラ―グと目が合うと、慌てたように、視線を逸らした。
「……あ! ラーグ、さん。どうしたんですか?」 「……どうしたはそっちだろうが。何でこんなとこにいるんだ?」 「あ、へ? わ、私は目が覚めちゃってですね…ここで少し空でも見ていようかと思いまして」
ジェミスはラーグに視線を向けないで、恥ずかしそうに言う。ラーグはジェミスの近くに座る。彼女はそれに特に何も言わず静かにしていた。
「……」 「………」
二人して黙ったまま、時間が流れた。ラーグは思い出したように、ジェミスに問いかけた。
「おい。フォルテは一緒じゃないのか?」 「えっ? あ、はい。一緒ではありません。目が覚めた時は、いませんでした。多分、寝付けなくて散歩でもしてるんだと思います」
目を丸くしていたジェミスだが、すぐに微笑みに変わった。
「もう少ししたら、帰ってくると思いますよ。あの子の心配して下さって、ありがとうございます」 「……別に心配はしてない」 「ふふっ」
楽しそうに嬉しそうに笑うジェミスをラーグは睨む。そしてまた、沈黙になった。 月明かりが二人を照らしている。ラ―グは星空を見上げ、ジェミスは顔を俯かせ、手を開いたり閉じたりしていた。 沈黙が続くが、それをラ―グがジェミスに話しかけた事によって、破られた。
「……おい。聞きたい事が――」 「ひゃっ!」
いきなり声をかけられたため、ジェミスは声を大きく上げてしまう。慌てて口を覆うが、驚いた声を出した後なので意味がなかった。一方のラ―グは、耳を塞いでいた。その行動を見て、ジェミスは謝る。
「ご、ごめんなさい! 驚いてしまってっ!」 「俺はいいんだが。あいつらが起きてしまうから、あまり声を大きく出すな」 「そう、ですね……」
口から手を離し、小さな声で言う。そして、クスっと笑う。
「ラ―グさんは、優しいんですね」
予想もしていない言葉に、今度はラ―グが「はぁ!?」と声を張り上げてしまう。思わず出てしまった声に、ラ―グは苦々しい顔をして、吐き捨てる。
「俺はただ、あいつらが起きるとうるさくなるからで――」 「フォルテと一緒で素直じゃないんですね」
ぐっと言葉を詰まらせ、ラ―グはジェミスを睨みつける。本当に、うるさくなったりするのが困るからだ。それ以外にない。しかし、確かに起こしてしまうのは悪い、とは思っている。でも、それだけだ。 そんな彼を見ていると、ハッとしたようにジェミスは話を促す。
「あの、さっき、聞きたい事が――と言ってませんでしたか?」 「ん……? あぁ、そうだった」
優しい発言に動揺していたラ―グだったが、我に返り視線を前に向ける。
「昔の事だ。分からないなら、それでいい。貴様、昔、ファナ大陸で行われてる祭りに行った事があるか?」 「お祭り、ですか……?」
目を丸くするジェミスに、ラ―グは頷く。 ファナ大陸とは、イリス大陸――中央大陸から西側にある大陸。気候は寒く、雪がよく降る所だ。その出身者であるジェミスは、思い出していた。
「冬の祭りだ」 「冬のお祭りですよね……でも、それがどうしたんですか?」
頭の中で昔の記憶を掘り起こしつつジェミスは尋ねる。いや、思い出してはいない。どうして、彼がそんな事を聞いてきたかの方が気になっていたからだ。探しているふりをしつつ、聞いた。 ラ―グは困ったように眉根を寄せ、質問に答えた。
「いや、ちょっとな。小さい頃に会った女の子を捜しててな」 「女の子? 特徴とかあるんですか?」 「特徴……そうだな。瞳が紫色だったくらいしか覚えてない」
ジェミスは自分の頬――いや、目元に触れる。彼女の瞳は紫色。そして、妹もまた、瞳の色は紫だった事を思い出す。
「あの、私! 行った事あるかもしれません。お祭り、小さい頃」
無意識に出た言葉に、彼女自身がハッとする。確かに、お祭りには行った記憶はあるのだ。彼に会った事は分からないが。でも、言ってしまったので貫き通す。動揺がバレないように、両指を自分の胸元の位置で絡める。
「そうか」
そんな彼女の状況を知らないラ―グは、そう呟いた。
「妹は……行ってないと思います。あそこからは出れないので……分かりませんが。他にも、この瞳の子がいるのかもしれません――あの、ラ―グさん、」
言葉を一旦切る。そして、彼女は彼を真っ直ぐ見て、問う。
「その子を――紫の瞳の子を捜して、どうするんですか?」
質問するが、彼は答えない。 しばしの静寂の後、
「どうするんだろうな……どうしたいんだろう?」
それは自分に言い聞かせるように出た言葉。会って、どうしたいのか、自分でもよく分かっていない。遠くを見つめ、ただそれだけを思っていた。 自分はなぜ、その子に会いたいのだろうか、と。
「そうだな……どうするとかではなくて――ただ、」
彼は立ちあがり、少し、切なそうな表情を浮かべていた。
「ただ……その子に強く惹かれているんだと思う」
見た事のない彼の表情に、ジェミスは戸惑いを隠せない顔をする。しかし、すぐにラ―グは元の無表情になる。
「…俺はもう寝る。貴様も早く寝ろよ」
そう言い残し、部屋に戻って行く。彼の後ろ姿を見つめ、ジェミスは一人思い耽っていた。
…………………
部屋に戻ったラ―グは自分の布団へ潜り込もうとしたが、リゼルが起きていたようで彼はニコリとしていた。ラ―グは聞こえるように舌打ちをした。
「……いつから起きてた?」 「うーんと、あいつらが起きてしまう、てとこくらいからかな」
ほぼ聞かれていたようで、ラ―グはジドッと彼を睨む。リゼルは特に気にしたような素振りを見せず、小声で話し続ける。
「だって……二人して大声出してたら、起きちゃうさ」 「大声……」 「ジェミスが、ひゃって悲鳴上げてたよね? その後ラ―グが、はぁっ、て驚いた感じで言ってたじゃないか。こっちが驚いちゃったよ」 「………」 「まぁ。アックスは起きなかったけど。オレはその時に起きちゃった」
愉快そうに声を弾ませるリゼルに、ラ―グは長い息を吐いた。その前から起きていたんじゃないか、と考えてしまう。 リゼルの隣で寝ているアックスは、気持ち良さそうに眠っていた。時々「クッキー……ケーキ……」と、ラ―グがあまり聞きたくないお菓子の名前を、とろけるような笑みを浮かべながら、呼んでいる。 夢の中でも食べ物かこいつは、とラ―グは呆れていた。
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