目覚めた黒の殺戮者 9





「でもさ。もし、あの二人のどっちかがそうだったとしたらどうするの?」

先程ジェミスに聞いた話の事だろう。しかし、ラ―グは答えるつもりはない。彼に話したからといって、どうにかなるわけでもないのだから。
返事をしないラ―グに、リゼルは諦めたのか溜め息をつく。しかし、その溜め息は諦めたというよりも、呆れたの方が正しかった。それに全く気付いていないラ―グは、俯くように目線を下に向ける。

「まぁ、いいけどさ……で、フォルテには聞くの?」
「あいつは、行ってないだろう。あいつは――」


「――思い込みはいけないと思うよ?」


凛とした声が耳元から聞こえる。リゼルがいつの間にか彼の近くに寄り、耳元に唇を寄せ、言ったからだ。反射的にラ―グは彼の顔を見ると、至近距離にあるリゼルと目が合う。

「思い込み……?」
「そう。思い込み、だよ。何で、そう思うの?」
「それは……」
「ジェミスが言ったから? それとも、あんな状況だったから?」
「……」

その両方だろう。昔のフォルテを一番知っている彼女がそう言うのであれば、自分は納得してしまう。それに、彼女が暮らしていたのは自分達とは全く違っていた。だから、フォルテは外に出ていない、と思ってしまう。リゼルは、彼の考えを察したのだろう。ニヤリと妖しげに口元を歪ませる。

「人間なんてね、偽りだらけなんだよ。そういう生き物なんだよ」
「……貴様、何、言って……」
「別にね、オレは――ラ―グがフォルテに聞こうが聞かまいが、そう思っていようがいまいが、その子と会えようが会えまいが、関係ないんだよ。ただ、ね」

本当にどうでもよさそうに言葉を紡ぐが、最後は艶のある声が耳に響く。ラ―グを射抜くようにしていた瞳を細め、彼の頬に両手を添える。ラ―グはリゼルの手を払おうとするが、力が入らない。普段の彼とは思えないほどの、妖艶な笑みが現れる。

「色々と、後悔、しないようにってね――そう言っておこうと思ってさ」
「こう、かい……っ?」
「きっと後悔すると思うよ? その内、色々と、ね」

彼の赤い目から視線を離せられない。その瞳に、未来を見透かされているような感覚がし、彼は寒気を覚えた。


「なんてね!」


いきなり、両頬を引っ張られる。いつものニコリと楽しそうに微笑むリゼルに、ラ―グは呆然とする。

「ビックリした?」
「あ……え……」
「いやぁ、ラ―グをからかうのもたまには悪くないかな、てね?」
「なに……」
「もう、オレは寝るから」
「き、さま……何か、知って?」
「まっさか。じゃ、おやすみ」

そう早口で言うと、リゼルは自分の布団に潜り込む。彼の言葉を全くもって聞く気がないような態度。ラ―グはただ呆気にとられたまま、リゼルがいる布団に目をやる。彼は、規則正しい寝息をたて始めていた。
見つめたまま、思う。リゼルが何を言っているのか、分からなかった。それに、あれをからかうで済ませていいのだろうか。明らかにあの時のリゼルは本気のようだったように思えた。それもからかうための演技だったのかもしれない。ラ―グは、心にあるモヤモヤを吐き出すように、息をつく。

「思い込み……」

だって、あいつは、昔――
グルグルと考えを巡らせていたが、途中で止める。今は、そんな事を考えてる場合ではないのだ。任務を遂行しなければいけない。それに、女の子との約束もある。自分もリゼル同様布団を被り、眠りについた。







フォルテがようやく宿に戻り、中に入ると縁側に人がいるを見て、驚く。だが、後ろ姿をよく観察すると誰だかすぐに分かった。

「ジェミス姉か……何であそこにいるんだろ?」

ゆっくりと近付くと、音に気付いたのかジェミスはこちらを向くと、目を丸くする。

「フォルテじゃない! ビックリした……えっと、おかえり」
「ただいま。ジェミス姉も寝付けなかったの?」

彼女の隣に立ち、そう尋ねた。ジェミスは、頷く。

「そっか。アタシも寝れなくてさぁ。外に行ってたの。そろそろ寝ようかしら」

寝る部屋に進もうとした時、ジェミスに引っ張られる。不思議そうに彼女を見ると、ジェミスは真剣な表情で自分を見つめていた。どうしたのだろう、と思っているとジェミスが口を開く。

「あのさ。昔、なんだけど。フォルテって、昔、外に出た事ってある?」
「昔……っ?」

あまり過去の事は思い出したくない。深く考えていたくない。
頭が痛みだし、少し吐き気が襲ってきたがなんとか耐える。

「んーどうだったかな? あるかもしれないし、ないかもしれない」

曖昧な答えになってしまうが、自分もあまり記憶にない。いつも、あそこにいたという記憶しかないような気がした。

「……ごめん、忘れちゃってるのかもしれない」
「そう。分からない、わよね。昔だし……」
「何かあったの?」
「何もないわ。ちょっと、気になっただけ。じゃあ、寝ましょ!」

ジェミスは立ちあがり、欠伸をしながら歩いて行くので、ついていく。途中、フォルテは姉の名前を呼ぶが、それは彼女に届かなかったようだ。部屋へ入って行くジェミスを見送り、フォルテは月に視線を向ける。

「昔、外……あそこから出て……おと……のこ?」

断片な単語が口から発せられるが、フォルテは複雑そうに顔を顰めた。自分は何か忘れてる気がする。色々と記憶がない。特に、幼い頃とアークフォルドに来てからの記憶があやふやでどうして自分が今の自分になったのか、分からない。考えると、一瞬誰かの姿が映るが、再び頭が痛くなる。ズキズキと痛む頭をおさえる。考えるのを止めると、徐々に痛みがひいていく。

「うーん……アタシ、何を忘れているんだろう?」

歩き出し、先程のイェンと女の子のやりとりや記憶の事に対しての疑問が、頭の中に浮かんでは消えていく。

(イェンさんの件は、リゼル達に言っといた方がいいわね……)

自分が布団の中に入る頃には、ジェミスは寝てしまったようで寝息が聞こえた。フォルテが瞼を閉じると、睡魔はすぐにやってきて、彼女は眠りについた。







mokuji



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