目覚めた黒の殺戮者 7
特にこれといった収穫もなく、五人は途方にくれていた。それでも、調査は続けていた。色々とあったが、何とかこなしていく。 ラーグはひと段落したらしく、無言で草原に寝そべっていた。目を瞑り、ただただ静かにしている。 風が心地良く、少しウトウトとしていると、
「そこのお兄ちゃん」
声が聞こえ、ラーグは目を開ける。その視界には幼い女の子の顔があった。あまりの近さと、そして気配を感じなかった事により、ラーグはビックリして「うわっ!」と悲鳴をあげた。反射的に起き上がろうとしたが、自分が今そうしたら確実に女の子の顔に頭がぶつかってしまうと思い、必死に耐えた。女の子は、それに気付いたのかいないのか分からないが、ラ―グから少し離れた。それにより、ラ―グは身を起こす事が出来るようになる。体を起こし、女の子を見る。
「びっくりさせて、ごめんなさい」
女の子はぺこりと頭を下げた。ラーグは落ち着かない心臓を押さえ「いや、こっちこそすまない」と言った。
「……あのね、お兄ちゃんたち、村からいなくなった人たちのこと、さがしてるんだよね?」
女の子の問いにラーグは首を縦に振り、肯定した。女の子は、にこっと笑う。
「よかった! あのね、わたし、お兄ちゃんたちが、消えた場所しってるよ?」 「それは本当か!? なら、場所を案内――」 「……ごめんなさい。わたし、もうかえらないとママに、おこられちゃう……」
目を伏せ、困ったようにそう言う。どうやら、何か採っていたのだろう。女の子の手にある籠の中身は、花などが入っていた。女の子はいい案が思いついたのか、視線をラ―グに向ける。
「でも、明日ならいいよ! それでいいなら……」 「あ、あぁ。俺は別にいい。案内してくれるのは、貴様だからな」 「うん。分かった。あ。お兄ちゃん、一人できてね? もし犯人さんにばれたら、あぶないかもしれない……」
再び俯く女の子の頭を撫でながら、「分かった。一人で来る」と約束した。
「本当に?」 「あぁ、本当だ」 「なら、明日の……午後のはじめくらい?」 「そのくらいにここに来ればいいのか?」 「うん!」
元気な声と動きに、赤髪の少年を思い出す。表情をあまり変えないラーグが、少しだけ顔を緩めた。少女はにこっと笑うと「そろそろかえらなきゃ!」と来た道を戻るため、走り出す。途中でこちらを振り向くと手を振ってきた。
「約束、だからね!」
大きな声で言うと、また走り出した。ラーグは女の子の姿が見えなくなると自分もまた宿に戻るため、女の子が走って行った道と反対の道を歩き出した。
……………………
「うぅ……少し寒いわね」
皆が寝静まった頃、フォルテは宿から抜け出し、歩いていた。寝付けないので、散歩していた。
「ふぅ。でも、夜の散歩もいいわね……まぁ、ちょっと寒いけれど」
肩に掛けている宿にあったタオルケットを直す。もう少しで冬になるが、まだ、虫の鳴く声が聞こえる。
「しっかし、本当に静かね。アークフォルドはもう少し騒がしいから、逆に静かすぎて怖……ん?」
フォルテは立ち止まる。視線はある一軒家。村長の家だ。まだ起きているのだろうか。奥の部屋が少しだけ明るかった。彼はまだ起きているのだろう。
「イェンさん、まだ起きてるのかな?」
フォルテはいい案を思い付き、イェンの家へと足を進めた。
「眠くなるまで、お喋りに付き合ってもらおう! 迷惑じゃなければ、だけど」
イェンの家の玄関の前で止まる。チャイムを鳴らそうとした時、ドアが少し開いている事に気付く。「失礼しまーす」と小さい声で呟き、中に入る。抜き足差し足で、廊下を進むと、話し声が聞こえた。明りがついている所――奥の部屋からのようだ。その隣の部屋まで辿り着くと、仕切りをしている襖が少し開いていたので、その間から中を窺う。
(見にくいなぁ。あ、イェンさんだ。もう一人、いるのよね? 姿は見えないけど、誰なんだろ?)
蝋燭の灯りで近くのイェンは分かるが、暗い所にいる人物の姿と顔がよく見えない。 すると、その人物がイェンに話しかける。
「準備がもう少しで整います」
幼い声。どうやら、子供のようだ。男か女かは分からないが、多分、女の方だと思った。確信はないが。
「……」 「……イェン様?」
イェンが何も話さないので、戸惑いを隠せない声で名前を呼ぶ。すると、イェンはクスリと笑う。彼の雰囲気が変わった。
「その名で呼ぶの止めなさい。この肉体の名前で呼ばれると嫌気がさす」
低い声が少しだけ高くなる。本当に嫌なようで、吐き捨てるように言う。浮かべていた笑みは、フォルテが知っているイェンと違った。体に緊張が走る。 女の子らしき人は、体を震わせ、イェンらしき人物に頭を下げた。
「申し訳ありません。オルン様」 「ふふっ。別にいいわ、貴女もこの格好じゃ間違えちゃうわよね。気にしてないわ」
オルンと呼ばれたイェンは、笑みをもっと深くする。
「……」 「そんな縮こまらなくても……」 「は、はい……」 「あ〜。けど、しんどいわね。この体、腰痛いし足痛いし……全く、やんなるわ」
オルンは、腰をさする。 女の子はどうすればいいのか分からず、ただ静かに座っていた。
「全ては、あの方のためだから我慢しなくちゃね」 「はい。オルン様」
(あの方って、誰だろう?)
フォルテは、左手を口元に持っていき考える。しかし、分からない。それはそうだろう、自分は知らないのだから。
「オルン様、あの続き何ですが……」
女の子が話の続きをしだし、詳しく聞けるかも知れないと聞き耳を立てているとオルンは「ちょっと、待って」と制した。女の子はどうしてか分からないようで、彼に問う。
「ど、どうしましたか、オルン様?」 「……どうやら、どっかの猫が、私達の話を聞いてるみたい」 「っ!」 「本当ですか!?」
オルンは襖を見ると、フォルテは襖からすぐに離れた。一瞬だが、彼と目が合った気がした。襖の奥から――あの部屋から足音がこちらに向かってきている。すぐさま、来た道を戻る。 フォルテがちょうど角を曲がった時、襖が開く。女の子はキョロキョロと部屋を見回す。誰もいない事が分かると、オルンに目を向ける。
「オルン様、誰もいませんが……」 「そう? 私の気のせいかしら……気にしないで。さて、続きを話しましょ」
女性は、もう一回部屋を隅から隅まで見る。異常がない事を再度確認し、また襖を閉めた。
間一髪で見つからずにすんだフォルテは、玄関から出た直後、走り出した。そしてある程度イェンの家から離れた家の壁に寄りかかり、呼吸を整えた。
「はあ、はあ……」
震えが止まらない。寒いからではない。あの時、襖を彼が見た時、一瞬だけだがイェンからもの凄いオーラを感じたからだ。優しいイェンのオーラではない、黒いオーラ。オルンという者のだろう。 フォルテはその場に座り込む。聞こえるのは、自分の吐息と風の音、そして虫の鳴き声だけ。
「オルン……彼は一体何者なんだろう」
数分後、フォルテはそう呟く。震えはまだ止まらない。でも、早く戻らなくてはみんなが心配するだろう。フォルテは冷え切った体をさすり立ち上がると、ゆっくりと宿へ戻って行った。
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