戦いの号火 4
用、という単語で、何しに来たか思い出したリゼル。灰色の布袋を彼女の前に置く。 スノウは、噛んでいた棒を灰皿の中に投げ入れた。
「これについて、調べてほしいんだけど……」 「ふぅん……開けていい?」
リゼルが「どうぞ」と促すと、彼女は袋を開き、中身を手の中に落とす。 現れたのは、黒い球体の物体。訝しそうに黒い玉を転がす。
「何、これ?」 「エルシェの森にいた、ケガレを出していた機械の中にあったコア、みたい」 「みたい?」
曖昧な答えに、鋭い眼差しで見据えるスノウ。リゼルは焦った顔をする。
「レオさんが、持ってたから……」 「ほぅ。で、当の本人は?」 「えっと、用が……あって」 「どうせ、面倒くさがったんだろ。逃げたな、レオめ。後で、絞めてやる。リゼルに任せやがって」
溜め息をつくと、飴三つ取り出し、二つをリゼルに。最後の一つは勿論、自分に。 二つも渡され、焦る彼に「お詫び代とか諸々だ」と口に入れ、かみ砕いた。 リゼルは返そうとしたが受け取らない事に困ったが、諦めてしまう。
「けど、用があったのは本当で――」 「分かったよ。本人に問い質すからいい。それで、これを調べるんだね。ふーん……調べる価値はありそうだね」
人差し指と親指で黒い玉を挟むように持ち、目の高さまで上げる。光沢がある。
「ごめんよ。忙しいのに、こんな物、持ってきて」 「気にしなくてもいい、て言ったじゃないか。そういう仕事しているんだから、いいんだよ。それに、こんなの持ってこられたら、調べたくてウズウズしてしまうよ!」
目を輝かせ、黒い玉を見つめる。子供がおもちゃを貰って喜んでいる、そんな雰囲気を感じさせる。
「それは、良かった。でも、無理はしないでよ? ちゃんと、休んでね」 「はいはい。心配しなくてもいいさ」
ニヤリと笑うスノウに、リゼルは更に不安になる。 すると、ノック音が部屋の中に響く。
「うん? はいよー誰?」 「失礼します。お話を中断してしまってすいません」
入ってきたのは、先程リゼルをここまで案内した女性研究員だった。今は、髪を髪留めで邪魔にならないように留めている。
「テスラか。どうかしたか?」 「スノウさん。イリスくんの調べていた物の事で、少し……」
テスラと呼ばれた女性研究員は、チラリとリゼルを見る。彼は、察したのか腰を上げる。
「オレ、そろそろ帰りますよ。渡す事が出来ましたし。長居してすみません」 「そうか? じゃあ、またな。調べたら、報告するよ」 「お願いします」
テスラがいる前だからだろう。敬語になったリゼルに、スノウは顔を渋らせた。分かっているが、嫌なのだろう。 彼は気にせず出る。スノウとテスラも後を続く。扉を開き、廊下に出ようとするが、テスラに声をかけられ立ち止まる。
「リゼルさん。また、いつでもいらして下さいね。他の皆さんにも…」 「はい。伝えておきます。それでは」
お辞儀をすると、扉を閉めた。 やりとりを眺めていたスノウは、ポツリと呟く。
「本当、無意識なんだな」
それは、二人の会話に対してではなかった。彼女の頭の中はさっきの事を思い出していた。
「何が、ですか?」
近くまで戻ってきたテスラは不思議そうに問う。しかし、スノウは答えず話を変えた。
「ところで、テスラは好きなヤツでもいるのか?」 「えっ!?」
突然の事に、手に持っていた資料を落としそうになり、慌てる。聞いた本人はニヤニヤとし、彼女に詰め寄る。
「ほぉ、いるのか。いるのかぁー。相手は誰かな? リゼル、とか?」 「勝手に何を言い出すんですか! いませんよ! リゼルさんに失礼です!」 「ふぅん。つまんない…」 「人で遊ばないで下さい! み、みんなも見てないで仕事しなさい! 仕事!」
二人を見ていた研究員たちは、コソコソと何か話しながら、仕事に戻った。また、スノウさんに遊ばれたね、テスラさん、と。 肩で息をしているテスラに、スノウは楽しそうに笑う。
「だって、楽しいんだから、しょうがない。愉快愉快」 「スノウさん〜! 悪い癖ですよ!」
顔を真っ赤にさせ、怒っているのか呆れているのか微妙な表情で、資料を抱え直す。
「あはは。悪い悪い」 「もう。人の恋より、自分の恋を気にして下さいよ……私、行きますね。イリスくんの所に、早く行って下さい」
パタパタと走って行くテスラを見送る。頭を掻き、足を進める。
「恋、ねぇ」
飴を口に入れ、ガリっと強くかみ砕く。勢いがありすぎて口の内部まで、噛んでしまったようだ。血の味と甘い味が広がる。
「恋や愛なんて、知らない。そんなの」
粉々になった飴と血を飲み込む。足を止め、窓に映る自分に視点を合わす。
「コイツが私に来て、変わったんだよ。全てがね」
愛が分からない。世界が醜く思えてしまった。そして、この性格。 何もかも、塗り替えられてしまった。 愛を欠落し―― 世界を嫌いになり――思いたくなくても、完全にそう思ってしまう。しかし、心の片隅にほんの少し残っている。 この世界は不思議で美しく、それが好きだった、と思っていた日々の記憶を。
「だから、テスラ。アンタみたいな普通の女性はしっかり恋とかするんだよ。私が出来ない分、アンタ達は普通らしくしてほしい。私は――」
冷たい窓ガラスに触れる。
「私は、愛するじゃなくて、憎む事にしたんだ。この世界を憎み通す事。私が、私であるために」
瞳孔が開き、無表情の自分が映るガラスを乱暴に殴り、再び歩き出す。
「歪んでる、かもしれないがね」
低く噛み殺した声は誰にも、ましてや自分にも届く事無く、足音に掻き消された。
←mokuji→
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