戦いの号火 3
組織『アークフォルド』の研究室前。 そこに、リゼルはいた。
「あの……リゼル。リゼル・イブエル・ミシャですが……スノウさんはいらっしゃいますか?」
白い扉を開け、中にいる人に聞こえるように、声を若干大きくして言う。 女性研究員の一人がリゼルに気付き、扉まで歩いてきた。浅黄色の髪を高めに結い上げている。
「リゼルさん。スノウさんならいますよ。こちらへどうぞ」
リゼルを別室へと案内する。どうやら、応接室のようだ。 女性研究員に続いて中に入ると、ソファへと座るように促された。リゼルはそこに腰をかけた。
「では、呼んできますので少し待っていて下さい」
女性研究員が部屋から出ると、入れ替えに男性研究員が入ってきた。
「どうぞ、リゼルさん」
飲み物が入った湯呑みをテーブルに置く。中身はどうやらお茶のようだ。 「ありがとう」とお礼をすると、男性研究員はニコリと笑い、頭を下げて部屋を去った。 お茶を一口飲み、部屋の中を見る。シンプルにテーブルとソファなど、必要な物しか置いていない。 外では人の声と共に、何かの機械を動かす音が聞こえてくる。
「相変わらずここは凄いな……」
何回は来たことがあるリゼルだが、いつもここは忙しそうに働いている。 ここでは、物を調べ鑑定することが仕事で、現地に赴く者――つまり、自分達が現場から持って帰ってくるのだから、忙しいのは仕方ない事で。 彼は急に考え込む。
「う〜ん。今日じゃない方が良かったかな、やっぱり」 「…今日じゃなかったらいつ、お越しになるのかねぇ?」
女性の声にリゼルは驚き、声のする方へと視線を向ける。扉の前に立っていたのは白衣姿の女性。緑色の髪をおだんこにしており、眼鏡の奥の瞳は、髪と同じ色。 その瞳を細め、ニタリと笑う。 首から下げた名札には『スノウ・ラティアス』と書かれていた。
「今日来ても、明日来ても、そんなに変わんないさ。ここが忙しいのはいつものことだ。気にしなくてもいい」
スノウはリゼルの向かい側に腰をかけ、脚を組む。 自分用にきていたカップに口をつけ――すぐに離した。
「にっが! これ淹れたの、イリスだろ……確かに、濃いコーヒーと言ったが、濃すぎる!」
下を出し、苦そうに顔を歪める。テーブルの中央にある角砂糖を手に取り、ボトボトと入れる。それも、大量に。 乱暴にかき混ぜ、口に含む。満足する味になったのだろう。一人納得したように頷いていた。
「・・・すごい、砂糖の量ですね」
一体、何個入れたのか分からない。もはや、コーヒーと言ってもいいのだろうか。かなりの数だったので、そうとう甘いはずなのだが―― 「これでも、苦い方だ」と呟くスノウに驚愕する。
「濃すぎるから、悪いんだよ。でも、ま……覚めたからいいか」
カップを置き、軽く目を擦る。彼女の目の下にはクマが出来ていた。
「今回は、何日徹夜したんですか?」 「はてさて、何日したのやら――覚えてないね」 「倒れますよ? そんな事してたら」 「今のところは、倒れる形跡はないから大丈夫さ。それに、他のヤツらもそうさ。休めと言ってるんだけど……」 「聞かない、と?」
彼女は首を縦に振り、肯定した。そういえば、先程の女性研究員も男性研究員も目の下にうっすらと黒かったな、と思った。
「私の場合、自分で研究してる事があるから、それに夢中になっちゃうんだけれど」 「それ、完全に自分の趣味ですよね!?」
思わず、大声を出してしまう。聞こえたのか、外に研究員の人々が集まり、こちらを見ていた。スノウが睨み付けると、研究員達は逃げるように姿を消した。
「大声、出さないでくれよ。頭に響くじゃないか。周りにも迷惑になるし……イライラしてる時は、糖分取れ。糖分」
ポケットに手を突っ込み、棒付きの飴を二つ取り出した。一つは袋を破き、自分の口に含む。もう一つは向かい側にいる彼に投げる。リゼルは落としそうになり慌てて掴み取った。
「別に、イライラしてるわけじゃ……」
そもそも、大声が出てしまった理由は、飴をくれた人の発言に問題があるからであり――だが、当の本人はというと、
「いいから、取っておけ。飴は美味しいぞ。オススメはイチゴ味だ。リゼルには、オレンジをやったがね」
呑気にそのような事を言う。リゼルは肩を落とす。
「飴、本当に好きですね」 「あのさ、いつも言っているけど、」
渋い顔をし、スノウは飴をかみ砕く。
「敬語はなし。畏まられるの苦手。さん付もイヤ」 「そうでし――いや、そうだった。分かったよ、スノウ」
「偉いぞ、リゼル。賢い子は嫌いじゃないよ。ご褒美に、イチゴ味をプレゼントしよう」
飴をまた取り出すと、リゼルに投げる。次は慌てることなく、キャッチした。 ピンク色なので、そうなのだろう。
「ありがとう。後で、アックスにでもあげようかな」
しまいながら、彼の喜ぶ顔が浮かび、リゼルは笑う。スノウは、それを眺めていた。表情は全くと言っていいほど、感情がなかった。
「無意識?」 「え?」
彼女が何を言ったか聞こえず、リゼルはキョトンとする。スノウは「なんでもない」と手を振る。 気になったが、これ以上話をしなさそうなので止めた。
「さて。改めて、私に何か用かな?」
←mokuji→
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