忘却した白い過去 3
フォルテが部屋から出て、数分後。 ラーグは目を覚まし、ベッドから身を起こした。時計を確認すると、朝日が出る少し前。いつも通りに起きたようだ。前髪を掻き上げ、だるそうにベッドに起き上がる。近くに置いてあった黒いゴムを取り、邪魔な長い金髪は適当に一つに纏め、後ろで結う。 終わると、手早く身支度を済まし、部屋から出た。朝の日課である鍛錬をしに。
「ふぁ……」
欠伸が出た。 この時間に人が出歩くことはない。あっても、少ない方だろう。 廊下は、とても静かで歩いてても聞こえるのは、廊下に反響する自分の足音だけ。 誰にも会わず、外に出た。冷たい空気が彼を包む。稽古場はあるが、朝は外で行っている。凛とした空気が、身も精神を引き締めるから。 息を吐くが、まだ白い息ではない。
「しかし、寒くなったな……」
昼は短くなり、夜が長くなる時期だ。もう少し経てば、もっと寒くなるだろう。 寒いのは苦手ではないが、あまり好まない。どちらかといえば、暑い方がいい。暑過ぎても嫌なのだが。 そんな事を考えている自分に気付き、思考と止めた。
「……」
歩き続け、森の中を進む。さて、どこでやろうか。 辺りを見回すと、見慣れた少女が海辺に佇んでいた。ボーとしているようで、水面を見つめ続けていた。 声をかけずに、少女を眺めていると、急に足を水に突っ込んだ。両足をつけた少女に嫌な予感がし、彼女の元へと走り、腕を掴む。 少女はビクッと体を反応させ、こちらに目を向けて驚く。
「あれ、ラ―グ? どうしたの? そんな焦ったような顔して……」 「……どうしたじゃないだろう。こんなとこで何しているんだ?」 「何って……少し、頭を冷やそうとしてただけよ?」
キョトンとしたまま、ラ―グに言う。彼は眉間にしわを寄せる。
「ただえさえ寒いのに、足突っ込む奴があるか! こっちはな――」 「あー、もしかして。そのまま歩いて行くと思った? そんな訳ないじゃない〜」
アハハ、と笑うフォルテに、更にしわを深くする。先程のフォルテはやりかねなかった。そんな目をしていた、気がする。 心配したのがバカらしくなり、溜め息を零し、手を離す。
「うん、でも……」
一旦、言葉を置き、
「心配してくれて、ありがとー」
と、手をヒラヒラさせる。 無理に作った笑みに気付いたが、黙っている事にした。 どうせ、言ったとしても本人が分かっているか分からないから。
「でもさ、何で、こんなとこにいるの?」 「朝の日課だ。で、そっちはどうしているんだ?」
質問を答え、返した。 フォルテがこんな時間に起きていないはずだ。そう思っているだけなのだが。 彼女が座るので、こちらも座る。何となく、今の彼女を一人には出来なかった。 彼女が足を動かすと、バシャバシャと水が音をたてる。
「別に……ただ、寝れなかったから外の空気でも吸おうとして来ただけよ。それだけ」
顔を俯かせ、呟く。寝れなかったにしては、思い詰めた表情。本人が、そう言うのならそうなのだろう。 ラ―グは聞かない。静かにしているだけ。 話したくないのに、無理をさせるのは悪いから―― 痺れを切らしたのか、彼女はポツポツと話し出す。
「昔のね、夢を見たの」 「ここに来た時のか?」
彼の問いに首を左右に振る。どうやら、違うようだ。 足を止めると音が無くなり、辺りは鎮まる。しばらくの沈黙の後、口を開く。
「ここに来る前の、話……思い出したくもないけど、忘れるなって夢に出てくるの」
寒くなってくるとね、と付け足す。ラ―グは、何も喋らない。ただ彼女の横顔を見つめる。 自分はここに来る事になった原因を知っている。 目の当たりにしたから。彼女が――
「アタシ、ここに来てもあれだったわ。誰とも、仲良くしなかった。拒絶してた。肉親であるジェミス姉でさえ――」
全て、拒んだ。今、こうして話している青年にさえも。
「確かに、そうだな」
はっきりと言う。否定はしない。本当の事なのだから。 薄暗かった空に、朝日が昇り始めているようで明るくなっていた。 フォルテはラ―グに視線を持っていくと、怒りだす。
「確かに、て! ラ―グ、はっきり言いすぎじゃない!?」 「本当の事、だろう?」
ごく普通に言う彼に、頬を膨らまし睨む。彼女を見て「本当に変わったな」と、一人心の中で思った。
「さむっ」
足を上げると、つけていた所が赤くなっていた。ラ―グは当然だろうと言いたそうな目をしていた。
「たく、そんな足で歩けるか?」 「あ、歩けるわよ! ……タオル持ってない」
足が濡れたままで靴を履くのを躊躇っていると、横からタオルが差し出された。 ラ―グが持っていたらしく、お礼を言ってから受け取り、水気を拭く。
「タオル持ってないのに、入るな」 「う、うるさいわねー! いいじゃない。結果的に、ラ―グが持ってたんだし!」
テキパキと靴を履き、立ち上がる。 タオルはフォルテが持っていたままなので、返して貰おうしたが、却下された。洗って返すようで、譲らなかった。彼は特に気にしてないようだったが、諦めた。
「そういえば……」
建物へ戻る最中、フォルテはバツが悪そうな顔をする。
「ラ―グの日課、邪魔しちゃったわね……」 「あ? ……別に」
気にしていない様子だが、フォルテはかなり気にしていた。何か案でも浮かんだのか、手を叩く。
「朝食まで、アタシが相手してあげる!」
一人「そうしよう」と、頷いている彼女に、ラ―グは目を丸くする。
「別に、一日くらいしなくても……」 「いーの、いーの! 外にずっといて体、冷えちゃってるし、調度いいでしょ。行くわよ、ラ―グ!」
彼の背中を押す。 ラ―グは口を開こうとしたが、フォルテの笑顔を見て、何も言わず口を閉じた。
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