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 アリビンゲーブ 35

昼食の時間を利用して宿舎へ戻り、代えの髪留めを箱から出す。

鏡の自分を見つめて無意識に唇に手をやるが、兵長の感触が消えてしまうような気がして触れる事が出来なかった。

押し付けられた、くちびる…。

しばし兵長の体温を思い出してぼうっとしていたが、はっとしてばたばたと自室を出る。
時間が無かったので三つ編みにはせず簡易に髪をくくり、パンだけでもつまもうと食堂へ向かった。

先ほどの兵長と私の行動を気にする人はいないらしく、誰からも何も言われなかった。
ほっと胸を撫で下ろすがなんとも言えない気持ちを覚える。
兵長の行動の意味が全く掴めない。
からかわれているのか、説明する必要もないと思われているのか、私には見当もつかないのだ。

それからはまた、彼の姿を敷地内でも見かけなくなった。

そうしてまた一週間が過ぎ、兵団内の空気も心なしか重くなってきた。
壁外調査に向けて皆一様に気持ちを引き締めているようだ。

全体訓練を終えて、馬術と演習を行うなかで体が鈍るのを防ぐために立体機動術等の格闘術の時間が設けられる。

班によって強化内容は異なるが、私の班は対人格闘を行うようだ。
今回は訓練団にいる時の様な木剣は使わずに、戦闘内での俊敏さと一瞬の判断を養う目的らしい。

巨人相手に素手で戦うわけではないので皆不満が顔に現れたが、敵の動きを読むといった意味では、まあ、役に立つのかもしれない。

今回は女性の先輩とペアを組む。


「よろしくお願いします。」

「う、うん。
エマは小柄なのに強いらしいじゃない?
お手柔らかに頼むよ」

「は、はい。」


うーん…。
手加減をする、と言っても私の技は相手の力を反動で相手に返すものなので先輩の出方次第なのだけど…。

そうとは言えずに右足を左足の直線状に引き、どんな攻撃が来ても最低限の動きで避けれるようにに重心を両足の親指に集中させる。

相手も構えの姿勢に入ったかと思ったら、こちらの出方も窺わずに速攻仕掛けてきた。
先手必勝にしては無鉄砲すぎる。

直線的に向かってくる拳を肘で受け流すと、外から蹴りが入ってきた。
反射的に相手の間合い内に踏み込み、受けた攻撃の威力を生かしたまま相手の足を掴み半回転しながら組み敷く。


「うわ!」


急に体が浮いたので驚く先輩の衝撃を減らす為に、ぎりぎりまで体を支え、地面に軽く落とす。

思い切り来られていたらこちらも処置が間に合わずに思い切り落とすしか無かったが、先輩の足技がかなり軽めだったので良かった。

先輩が土を払いながら立ち上がり、あまり痛くなかったことに味をしめてもう一回もう一回、と組み手を強要して来た。

何度繰り返しても先輩と私の対人格闘の差は歴然だった。

組み手を見学していた班員からも賛辞が送られるが、内心複雑な感情を覚える。
私は筋力も腕力も、背丈さえも人より秀でているわけではない。
それを活かすために身に着けたのがこの護身術というわけだ。

相手の動きにも反応出来るようになり力技も捌けるようになったが、これでは対巨人として意味をなさない。

先輩は対人より対巨人に長けている。
壁の外では私より何倍も実績を残せる力量を持っているのだ。
対人格闘なんてものは外では何の役にも立たない。

ぎり、と悔しさに唇を噛み締める。

戦士した友人や人類の敵を取り、巨人を怖いとも思わない実力が欲しい。
…兵長のような、圧倒的な強さが、喉から手が出る程欲しい。



  


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