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 ナカロマ 55

「−−−!」



とろりと瞼を閉じるエマの仕草に、柄にもなく自分の鼓動が速くなった気がした。

苦しそうに息をする額に手を当てると熱が更に上がったようだ。



……気を失っただけだ。



どんな姿になっていたとしても、見つけて、必ず連れて帰ると決めていた。

力が抜けた体をもう一度強く抱き直す。

抱き寄せた体から血液が巡る音がする。
…それだけで充分だと思った。





−−−−−−−−−−−






暑くて、でも寒気がして、自分の体がどうなったのか良く分からなかった。

水の中にいるように自分の体の感覚が遠い。



…さむい。




温度を求めて水面に手を伸ばす。

がちがちと意志に関係なく震える体を、二つの手が暖かい場所に手繰り寄せて引き上げる。
誰かの手が体に触れているはずなのにどこをどう触られているのかもはっきりとしない。


音も光も膜が張って届かない。


でも、
この手は知っている気がする。


…この香りも知ってる。




自分の全体重がいとも簡単に引き上げられることが、なんでこんなに嬉しいんだろう。
力強く支えられると地上に戻れる気がした。


息が出来る。

音も聞こえる。


とくりと、脈を打つ音がすぐそばで聞こえた。
体があたたかくなって小さい鼓動が絶え間なく皮膚を通して聞こえていた。



「……大丈夫だ」



…だいじょうぶ?


そうか、彼が言うなら大丈夫なんだろう。

なにも心配することなんてない。



不意にひやりと水気を含んだ布が額に当たるのを感じた。



…冷たい。


気持ちいい…。



大きな手が顎を捕まえて、ひんやりとした布がその手の近くを拭っていく。
閉じた瞼の上を滑って頬を下り、また水を含ませてから唇を柔らかく拭う。


優しい手。

強くて、暖かくて。


彼の手の温度を頼りに意識を辿っていく。


あの夜みたいに手を握ってくれている感触だけが消えなかった。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






−−−−−葉っぱに小さく雨の当たる音が継続的に聞こえる。

空気は水気を含んでいて、でもわたしの周りだけふわりとあたたかい。

体が濡れた感じもしない。



「……?」



不思議に思って目を開くとリヴァイの顔が間近にあって思わず固まった。


…えっ、なに…?


彼のケープは雨を避けるようにわたしごと包んで広げられ、その下の彼の腕はわたしの肩を掴み胸元に抱き寄せている。


ち、近い…っ!


まさかこんな至近距離で再会するとは思っていなかったので白黒する頭で彼を見上げる。


…本当に、リヴァイだ。


私たちはまだあの木の上にいて、彼は私を抱きしめたまま森の外を伺っているようだった。



もう二度と会えないと思ったのに。



「……リヴァイ…」



小さく名前を呼ぶと彼がふと目線を落としてさらに至近距離で視線が絡む。

彼の香りも鼻をくすぐって、心臓がどきりと急に暴れだす。



「…エマ」



名前を呼ばれて、泣きそうになった。

彼の口から零れる自分の名前はなんでこんなに特別なんだろう。




「…本当にお前は…一度寝ると全然起きねぇな」


「…?ご、ごめんなさい…」




そんなにあれから時間が経っていたのかな。


口調こそいつも通りだけど声色は柔らかい。

その手が額と喉元にぴたりと触れてすぐに離れていった。




「大分おさまったか」



大して興味なさげに言ってまた森の外に目を向けるけど、少し安心したように息を吐くその横顔から目が離せなかった。



  


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