短編集 | ナノ


守って。5題 02

  



 ちらり、とわたしは壁にかけられた大きな時計を見る。

丁度時計の短針が4と5の間に差しかかった頃合。
と、いうことはそろそろかしら…。


「おーい、帰ったぞー」


坊ちゃまが、帰宅されます。


勿論、坊ちゃまを直ぐお迎えできるよう、玄関の近くで仕事をしていたためお待たせするということは無く。

「お帰りなさいませ、王子坊ちゃま。冷たい麦茶の用意が出来ておりますよ」

「おー、さんきゅっ。じゃあ貰うわ」


畏まりました、と頭を下げ、荷物をお持ちしようとしたら「いいって」と、断られてしまいました。
坊ちゃまに御仕えする人間としては失格です。残念…。



学校から帰宅された坊ちゃまの、話相手もわたしのれっきとした仕事の一つです。
わたしと坊ちゃまの年齢が近いということもあって、旦那様からそのように申し付けられているのです。

―と、いう名分のもと。坊ちゃまとの何気ない会話を楽しませているのですが…。これは、秘密。お墓まで持っていくぐらいの気概です。


「そうだ。来週、友達が家に来るんだ」

「あら、然様でございますか。それなら、ちゃんとお持て成ししないといけませんね」

「別にそんなことしなくていいっつーの!!!」

「いえいえ、そうも言ってられません。王子お坊ちゃまにお仕えする者として恥じないようにするのがわたしの勤めでございます」

「…っつーかそんな楽しいイベントとかじゃねーし…」

「あら?そうなんですか?」


顔を曇らせながら、坊ちゃまは歯切れの悪い返事をもらす。
最近よくお話をしてくださる、ユキテル君のこと…でしょうか?

あいつらに巻き込まれたせいで!!!とよく仰っているのですが、それでも以前に比べたらよく笑い、中学生らしく喜怒哀楽を顔でも語ってくださるようになりましたし。
わたしは、個人的にそのユキテル君には感謝をしているところであります。


よくよく話を聞きますと、やはりいらっしゃるのはユキテル君で、他にもクラスメイトの方が何名か…だそうで。
ユキテル君が狙われているから、高坂邸に匿いたい、と。非常に端的にまとめるとそういう状態だそうでした。

坊ちゃまはふてくされながらもまんざらではないみたいで。
不安とドキドキが入り混じったような表情をされていました。


「大体、そんな危険な奴らが家に来るんだぜー?俺様の身に何かあったらどうするっつーんだよ雪輝の奴ー」


「あら、それは心配御無用ですよ坊ちゃま?


 だって王子坊ちゃまはこのわたしが命にかえてもお守りいたしますからね?」


にこりと微笑んでそういうと、坊ちゃまは苦虫を潰したような顔をしてそっぽを向いてしまいました。
あらら、機嫌を損ねてしまったのでしょうか。


「…それは、お前が俺様の従者だから、かよ」


面白くなさそうな目付きのまま、坊ちゃまが溢す。


「うーん…それも確かにありますけれども…あ、少し失礼いたしますね」




ぐい、と明後日の方向を向いた坊ちゃまの顔を無理矢理自分の方へと向かせる。

目と鼻の先といわんばかりの距離で頭部を固定して、いたずらっぽく微笑むと。

坊ちゃまはバツが悪そうに視線をそらした。
ほんのりと頬が赤く染まってらっしゃるのは。見ていないフリをいたしますね。


「貴方だから、お守りいたします。わたしの命より大切な方、ですからね?」


にこり。

微笑みながらそう告げると、坊ちゃまは耳まで真っ赤にして、金魚のように口をぱくぱくさせた。

な、とか。おまえ、とか聞こえるような気もしますが。黙殺黙殺。



「―…お、おんなに護ってもらうなんてできっかよ」

「あら?それじゃあ、こういうのはどうです?
 わたしは坊ちゃまをお守りする。坊ちゃまもわたしのことを守る、ということで」

「なんか上手くお前に乗せられてる気がすっけどな…。
 あー、いいや!!この俺様が!お前のこと、守ってやんよ!!」



バッと固定されていた頭を振り払い、坊ちゃまは飲みかけの麦茶を一気に流し込んだ。
そして、どかどかと大股で自室に戻られたのですが…耳まで真っ赤にされていましたね。やはりそこは中学生らしいというかなんというか。


―頼りにしてるんですからね? 王子様?



Fortune Fate





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高坂はからかい甲斐があるんだろうなぁと思います。心の底から思います。


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