短編集 | ナノ


さらにその先へ

※【そばにいるよ】,【紅葉を包む】の続編
※主人公視点
※微エロ R-15くらいなので注意







こどもの頃に発動したわたしの個性は、ヒーロー社会にはあまり適さない、戦闘には不向きなものだった。

自分たちに個性が発動してからは幼稚園での交友関係も少しずつ変化が見え、いわゆる「ヒーロー映えしそう」な個性の子はカースト上位に位置するようなことに。

ずっとそれが不思議だった。
確かにかっこいい個性、強そうな個性、派手な個性を持っている人はすごい。

だけどだからといってそれだけで今後の人生全てが保障されるのかな?
どんなに恵まれた才能を持っていても、うまく発揮できないと意味ないんじゃないかな?と。

じゃあわたしはそういう人のお手伝いができるような大人になりたい、いつしかそう思うようになっていった。
自分の個性じゃあ戦闘も救助もろくにできない。それなら、そういう前線でいる人たちを支えられるような人間に。


「それなら雄英がいいんじゃない?倍率凄く高いけど」


高校受験の志望校を朧げに考え始める中学2年の冬。友達とどこに進学するか雑談をしているとそんなことを言われた。
雄英高校と言えばヒーロー志望者の登竜門ともいえる有名校。だけど、募集をかけているのはヒーローだけじゃない。
ヒーローを支える仕事を志望する人材だって募集しているんだということにその時改めて気づいたのだ。

こうしてわたし、氏名は雄英高校の合格をひとまずの目標に定めることになった。
この時はまさか素敵な出会いをするなんて、まったく考えもしていなかった。



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「と、いう隠れたお話があったんだよ踏陰くん」

「…中学の時に話していた将来の夢は立派だったのに、雄英受験を決定させたキッカケは随分と適当だな」

「あははーわたしもそう思う。ちょっと恥ずかしいから、あんまり話してないんだよ」


今日は日曜日。外は雨。
敵連合襲撃事件の後、色々とあって…わたしは常闇踏陰くんと、お付き合いすることになった。

お付き合いと言っても、特に接し方に変化があったわけでもなく。
今までどおり、お互い都合のいい時間を作って一緒に勉強したりお話をしたり…。

それでも十分幸せではあったけど、それでもやっぱり「恋人らしいこと」への憧れが全くないわけでもなく。
3日前、とうとう「デートをしたい!」と付き合ってはじめてのワガママを通させてもらったの。


本当は公園に行ったり、水族館に行ったり、そういうことをしようと予定していたのに天気は生憎の土砂降り。
待ち合わせてすぐに雨足が激しくなってしまったのだ。どうしようかと頭を悩ませた結果、わたしはこう提案した。そうだ!うちにおいでよ!と。


両親としては家族全員で雄英付近に引越しをしたかったらしいけれど、お父さんの仕事の関係でどうしても地元を離れることができなくて。
仕方なくこっちに住んでいる大学生の従姉妹にお願いして、ルームシェアをさせてもらっている。
そんな従姉妹は今日一日バイトで不在だったので、ちょうどいい!のんびりできるよね!というそんな安直な発想だった。

道中でお菓子や飲み物を買って、ちょっと贅沢してもいいよね、くらいにふんわり考えていたけど。
踏陰くんを家にお招きして、自室に案内した瞬間に気づいてしまった。


わたしが普段生活をしている空間に大好きな男の子が座っている。


その事実に今更気づいたわたしは、動揺を隠す為に話題をひたすら振って、会話が途切れないよう必死なのだ。

そんなわたしの様子に気付いたのか、隣に座った踏陰くんがわたしの名前を呼んだ。


低くて体の芯に響いてくるような、甘いバリトンボイス。それだけで心臓は跳ね上がって、彼の言いなりになってしまう。


「ど…どうし、たの?」

なるべく平静を装ったつもりだったのに、踏陰くんには何もかもお見通しだったみたいで。
ぽんぽん、とあやすように優しく彼の手が乗せられた。背丈はそんなに変わらないのに、骨ばった男の子の手。


「無理はしなくていい」


「踏陰くん…」


彼はわたしの空元気を見抜いてくれていた。ちゃんとわたしのことを見てくれていたんだ。
…えへへ、やっぱり嬉しいなぁ。優しいな、踏陰くん。

そうなるともっと、もっととねだりたくなるのが人の性というもので。



「ね、ふみかげくん。お願い、きいてくれる?」



隣にいる彼を見上げる。頭を撫でられているから、必然的に上目遣いになっている…と思う。
そんなわたしの言葉に踏陰くんは優しく目を細めて続きを促してくれた。

その視線にわたしは微笑みで答え、頭に乗せられたままの手を自分のものとゆっくり重ねる。
踏陰くんは一瞬驚いたような表情を取り、また何も言わずに指を絡めて応えた。


(踏陰くんから恋人つなぎをしてくれた…!)


それがもう、どうしようもなく嬉しくて思わず指に力が入る。
おっきい、男の子の手。…どうしよう、緊張して、手汗ひどくないかな。気持ち悪がられてないかなぁ。

ひょっとしてこんなにどきどきしているのはわたしだけかな。踏陰くんは余裕だったりして…?

ちらりと視線を上に向けるとばちりと目が合った。
顔色は伺えないけれど、なんとなくわかった。踏陰くんも、どきどきしてくれているって。


「……」


言葉が出ない。狭い部屋の中に、自分たちの心臓の音だけが鳴り響いているみたい。

それがなんだか恥ずかしくて、思わず目線が下がってしまった。そこにあったのは彼の嘴。
自分では少しの間だけと思っていたけれど、結構な長い時間凝視していたみたい。


「…名……いいか?」


何がいいのか。それは言わなくてもわかった。
わたしは何も言えなくて、コクリと無言で頷く。


繋いだ指先から踏陰くんの体温が伝わってくる。…暖かい。やっぱりどきどきしてくれているんだ。
ゆっくり、ゆっくりとお互いの距離が縮まる。そっと目を閉じて、彼の嘴に自分の唇が触れた。

…あ、ここはひんやりするんだ。

どきどきしているのに、妙に思考だけ冴えてくる。
うっすら目を開けると、わたしと同じように目を瞑った踏陰くん。

何故だかいたずら心が刺激されたわたしは、どうしたら彼が反応をしてくれるのか試してみたくなった。



ちゅっ………ぺろり

わざとリップ音を立てて吸い付いて、わざと舌で舐めてみた。


「?!」

流石にくすぐったかったらしく、目を見開いて驚いてる。
その姿がとっても可愛く思えて、思わずにっこりしてしまった。
してやったり。踏陰くんのびっくりした顔はレアだなぁ、いいものを見れたなぁ。


「お前…」

不意をつかれて少し悔しかったのか、今度は踏陰くんがいたずらっ子みたいな笑みを浮かべる。
ばっと手を離され、そのまま肩を抱かれてぐいと後ろに倒される。

目の前に見えるのはよく見慣れた天井と、心なしか赤くなっている、大好きな彼の顔。


「少し口を開けろ」


踏陰くんは短くそう言って、一気に顔を寄せてきた。
べろり、と唇を舐められてそのまま口内へ進む。

上、下と丁寧に歯列をなぞり。行き場がなくどうしようか迷っているわたしの舌を彼のそれが捉える。

少しざらりとした感触に思わず背筋がぞくぞくした。
今まで味わったことのない感触。多分これが、『気持ちイイ』っていうやつなんだ。


「…ぅ、んっ……は…ぁ……」


もっともっと味わいたくて、ベッドに投げ出していた両手を彼の後頭部へ回す。
想像していたよりも少しごわごわした感触。だけどそれがまた興奮剤になってしがみつく。


呼吸そっちのけでお互いを貪って、段々と体に熱が溜まっていくのがわかる。
踏陰くんの目がだんだんぎらついてきているのがなんとなく感じ取れた。

ひょっとして、この次は――――







「名ただいまーお姉ちゃんが帰ったぞ!まいったねどうも、雨がひどいからって店長が店閉めちゃってさー!!

 バイト先のケーキ買ってきたから食べよ!!……ってあれ、知らない靴がある。名ー?どしたー?」




ばぁん!!!と勢いよく玄関の扉が開かれた。
いきなりの大きな音に思わず離れてしまった。

…そして我に返る。わたし達、さっきすごいことをしていたんだ、と自覚して今までの比じゃないくらいに熱が上がる。
まるで全身の血液が沸騰しちゃったみたい。だけどそれは踏陰くんも同じだったようで、わたしと目を合わさずに小さな声で「すまない…」と呟いた。

反射的に、そんなことないよ、と否定したものの。多分お姉ちゃんが帰ってこなかったら、きっと雰囲気に流されてしまったと、思う。

キスより先の、こと。

少し想像しただけでまた顔が赤くなる。今日は赤くなってばっかりだ。


「―その…尚早だった…」


と、踏陰くんは続ける。

尚早…ってことは、いつかはそういうことをしたいということなわけで。

その日はそう遠くないうちに来るんじゃないか、とばくばく煩い心臓の音を聞きながらわたしは思ったのだ。








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触れ合うだけでもいいかなと思ったんですけどね。つい………

2017.04.26


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