短編集 | ナノ


紅葉を包む


※同級生
※常闇→主人公→出久
※【この話】の続編です




念願の雄英高校へ入学したその日。名から緑谷への恋心を遠まわしに告白され。
それと同時に俺自身が彼女のことを想っていたことを自覚させられた。

いくら同じ学校に通っているとはいえ、そもそも規模の大きな学校だ。
ヒーロー科の俺と、経営科の彼女。学部が異なるということはかなり大きく、中学時代のような共通の目標もないため
必然的に俺と彼女が一緒にいる時間・話す時間は激減してきていた。

時間を合わせて、一緒に下校したりもするが、その数少ない会話内容の殆どが緑谷に関する質問だった。
直接的に聞いてくるわけではなく、こういう演習をやったという話をすれば。他のクラスメイトはどうだったと聞き返し、併せて緑谷の話題を提供している。そんな塩梅だ。

勿論彼女に非があるわけではない。だがどうしても心の中で「お前と会話をしているのは俺ではないのか」という黒い感情が鎌首をもたげる。

…もしもそのことを名に指摘すればどうなるだろう。
彼女の積極性は中学時代に一度実際見ている。休憩時間や昼休み等を使って、緑谷にアプローチをかけることは簡単に想像できる。

そうなるとこの、俺と名のわずかな時間はどうなるのだろう。なくなってしまうのではないか?


―つまるところ、俺はそれが怖かった。
例え彼女が俺のことを見ていなかったとしても、今までのようなこの時間を手放すことができなかった。


だがこの選択も心から納得できているはずもなく、精神的負荷はじわじわとかかっていき。
いつしかそれが彼女への苛立ちへと姿を変えてしまっていた。


あれほど守ろうとしていた放課後のこの時間さえ、「演習の予習がある」だの「基礎学習の復習をする」だのもっともらしい理由を並べ立てて少しずつ手放していった。
断るたびに必ず「さすが将来のヒーロー!忙しいね、無理と怪我だけは気をつけてね!」と、俺のことを労い心配してくれる一文を添えてくれた。

そんな名の優しさが本当に心苦しくて、しょうがなかった。
俺はそんなにお前から心配されるような人間ではないのに。



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色々な理由をつけて彼女からの誘いを断り続けていたある日。
敵連合が雄英高校を襲撃するという前代未聞の大事件が起こってしまった。


担任の相澤先生を始め負傷者を出しながらも敵を撤退させることができた。

しかしそれは大手を振って喜べるものではなく。
俺たち生徒だけではこの結果を出すことはできなかっただろう。

つまり俺たちはまだ未熟なのだ。このままではいけない。そんな雰囲気がクラス全体に蔓延していた。


雄英体育祭。
スカウト目的もある日本最大のビッグイベント。これに向けて士気を高めていこう。

そう思いながら帰ろうとしていた時。



「踏陰くん」



少し怒気を孕んだ懐かしい声。
顔を上げずともわかる。名だ。



「ちょっと、いいかなぁ?」


いいか?と確認しているように思えるが、彼女の纏ったオーラは拒否を許さないほどのもので。
なにより俺自身の都合でずっと避けていた彼女が突如現れた驚きから抜けられず、名が促すまま足を運んだ。



連れてこられたのは仮眠室。
眠気を抑えられない生徒のための部屋ではあるが、放課後のこんな時間に利用者の姿はない。
俺と名の2人きりの空間になった。

あまりにも久しぶりの会話。今までなにをどうやって話していたのか、話題を探していると眼前の名が絞り出すように呟いた。



「…A組、大変だったね。演習中に敵が襲ってきたんでしょ?」



「あ、ああ…なんとか、先生方が来てくれて撃退はできたが…。

 ―・・・緑谷も・「違うでしょ!!!」


突如、空気が震えた。
今まで聞いたこともないような名の大声が室内に響く。
いきなりのことにまったく対応できず、完全に不意をつかれた俺に畳み掛けるよう彼女は続けた。


「わたしは!踏陰くんとお話をしてるの!緑谷くんのことじゃなくて、踏陰くんのことを聞きたいの!
 あの襲撃事件が起こってからずっとずっと心配だったんだよ!?それなのに全然連絡はないし、
 わたしからメッセージを送っても全然返信はないし…正しい情報も入ってこなくて、大怪我をした人もいるって、そんな曖昧なことばっかり耳に入ってきて…

 踏陰くんが大怪我してたらどうしようって、わたし、気が気でなくて…もう、いてもたってもいられなかったの!」


―・・・心臓を後ろから鷲掴みにされた気分だった。
確かにあの事件後、彼女からメッセージが入っていた。しかし俺はそれすらも返す言葉が見つからず、見送ってしまっていたのだ。

思い返せば俺たちの会話はほとんど名から切り出しているもので、この時俺はいかに彼女に甘えていたのかということを再認識してしまった。


「…なんとなく、踏陰くんに避けられてるっていうのは、わかってた。だって、中学の時から、ちゃんと穴埋めをしてくれてたから…。
 それを全然しないっていうのは、距離を取られているんだって。だから会えない間ずっと考えてたの。わたしが踏陰くんにしてしまったこと。

 何か気を悪くすることをしたんじゃないかって思って、それで気づいたの。わたしずっと、踏陰くんとお話してなかったって。

 入試の時に緑谷くんのことが気になって、踏陰くんがクラス同じだって知って。ずっとわたし、踏陰くんと話をしてなかった。
 踏陰くんはわたしと向き合ってくれていたのに、わたしは…わたしは、自分のことばっかり…!


 だから、こうやって避けられるのも仕方ない、当たり前だって思った。だけど、踏陰くんと一緒に勉強したりお話したり帰ったり、そういうことがもうできなくなるなんて、嫌だった。

 謝ろう、踏陰くんにちゃんと謝ろうって思ったら、敵が襲ってきたって。もう、びっくりして…。
 もしも踏陰くんに何かあったらどうしよう、もうお話できなくなるのかなって。…もう、会えないなんて、嫌だって…思って…それで…」


「―・・・ッ!」




限界だった。

俺の眼前で、両目に大粒の涙を浮かべ、しどろもどろになりながらも懸命に言葉を紡ぐ彼女をこれ以上見ているのは。


一気に距離を詰め、背に手を回し自分の方へ抱き寄せる。
そのまま少し力を入れて抱きしめる。ほんのりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。

…まるで麻薬のような中毒性のあるその香りにくらりとしつつ、彼女にかける言葉を必死に紡ぐ。

彼女も同じだったのだ。俺と。
一緒の時間を大切に想っていたのは俺だけではなかった。彼女も大切にしてくれていたのだ。

それなのに俺は、そんな気持ちを踏みにじる行為をしてしまった。謝ってすまされる問題ではない。


「…すまない、名」


それでもどうしても謝罪の言葉を伝えたかった。


「俺も、お前と同じだ。名と一緒にいる時間を失いたくなかった。
 だが…情けない話だが、緑谷に嫉妬していたんだ」

「…え、嫉妬…?」



抱きしめられたままだった名が俺の腕の中で動く。
腕の束縛から少し解放され、真っ直ぐに俺の視線を捉えた。
言葉にこそ出さなかったが、どういうことなの?とその目は尋ねていた。


―退路は、ない。





「気づいたのは遅かったが…。名。俺はお前のことが好きだ」








呆然。

認識。

赤面、そしてさっきよりも大粒の涙を浮かべながら名は破顔した。




「わ…わたしもだよ、ふみかげくん…!だいすき…」




今度は俺が呆ける番。
名は緑谷のことが好きだったんじゃないのか?思わずそう尋ねると、「わたしも踏陰くんと同じで、気づくのが遅かったの」だそうで。
お互いに深く考えすぎてしまった結果なのかもしれない。


…そう考えていると、自分の手が小刻みに震えていることに気づいた。喜びからの震えだろうか。


「踏陰くん…手、震えてるね」


「あぁ…」


「…わたしも、だよ」


困ったように名も自分の手を持ち上げ、証拠だと言わんばかりに見せつける。



「本当だな」


「だから…あの、ね…」



俺の胸元にこつんと額を押し当てて、名は小さな小さな声で呟いた。
勿論、俺の耳にはしっかり届いたので、何も言葉は返さず。黙って彼女の両手を自分のそれで優しく包み込んだ。






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この主人公設定結構気に入ってしまったので続くかもしれないです。

2017.04.24


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