短編集 | ナノ


そばにいるよ

※中学時代 同中・同級生



高校受験を控えたある秋の放課後。

「あの、常闇くん?ですか?」

下校の支度をしていた俺の目の前に現れたのは、柔らかな表情が印象的な女だった。
おずおずと、それでいて柔和な笑みを浮かべつつ、彼女は俺に問いかける。
記憶を辿ったが、もちろん同じクラスではないし。今までクラスメイトになったこともない。
…誰だ、彼女は。そんな俺の訝しんだ表情に気づいたらしく、慌てて説明をし始めた。

「あっ、いきなりごめんなさい。わたし、隣のクラスの氏名っていいます。
 実は常闇くんとお話したいことがあって来たんだけど、このあとって時間あるかなぁ?」

「話?」

一体何の話なのか。
隣の席にいる奴は俺たちの会話を聞いてニヤニヤしている。「まじかよ常闇」だの揶揄する声が耳に入った。

…いずれにせよ、教室にいると変に注目されてしまいそうだ。
周囲から向けられる好奇の視線から逃げるように俺は立ち上がり、場所を変えて話すことを提案した。




---   ---   ---



「氏、と言ったか。それで俺に話とは一体なんだ?」


彼女を連れて来たのは図書館の片隅。
俺たち以外に生徒の姿は特に見当たらなかったのは幸いといえる。


「クラスの子が話しているのを偶然聞いたんだけど、常闇くん、雄英高校受験するの?
 あのね、実はわたしも雄英志望なの。雄英狙いの子が他にいなくて、よかったら一緒に色々お話したくて」

ほんわか、という擬音がよく似合う。そんな表情で彼女は続ける。
曰く。受験対策の勉強など一緒にやれば刺激にもなるしお互いの為になる、だそうで。

受験という意味ではライバルだが、もし合格すれば学友になるというわけだ。
それならばギスギスした関係でいるより切磋琢磨しあう方が良いと。そういう考えに至ったらしい。


「なるほど、話はわかった。それなら週2回ほど、放課後、この図書館で勉強するのはどうだ?」


見た目からは想像できない氏のアクティブな一面に感化されたのか。俺は彼女の提案を驚くほどすんなり受け入れた。

ありがとう常闇くん、これから頑張ろうねぇと。氏はのんびりとした口調で微笑んだ。



始め思っていたよりも、人と勉強をするということはマイナスにはならず。
むしろお互いのつまづいた問題を教えあうことで理解力を高め合う結果を生み、いつしか「名」「踏陰くん」と、名前で呼び合う仲になっていた。




「そもそも名は何故、雄英にいきたいと思ったんだ?」

週2回の勉強会が3回に増えたある日、以前より気になっていた質問をぶつけた。
まだ彼女と接するようになってまだ日は浅いが、いわゆる「ヒーロー」として活動するようなタイプではないことは明白で。
彼女の個性も戦闘や救助に適しているとは到底思えず、それなのに雄英を目指すのはなぜなのか。その理由を知りたかった。



「えっとねぇ。雄英は雄英でも、わたしはサポート科か経営科のどっちかに進みたいの。
 雄英は名門校だけど、卒業生全員がプロとして成功しているかっていうとそうでもないと思うの。
 うまく事務所に入れなかったり、入れても学生の時みたいな成果を出せない人もいるだろうから、
 わたしはそういう人たちにとって有益な制度やシステムを作る仕事をしたいの。

 だから、うーん…どうだろう、これだと経営科扱いの方がいいのかな?どうだろうねぇ?」



思わず言葉を飲んだ。
この世には大勢のヒーローが在籍し、そんな彼らと様々な組織が多様な形式で接している。
彼女のようなスタンスもまた必要なものなのだろう。


「…って、踏陰くん、黙ってないで何か言ってよー。自分語りしているみたいで恥ずかしくなるもん」

「あぁ、すまない。…いや、俺が思っていたよりしっかりした理由だったと感心しただけだ」

「ん?それってあんまり褒めてなくない?失礼だなー、もうっ。わたしだって真面目に考えてるんだよー?」

そう言いながらも微笑みを絶やさない名。
彼女との勉強時間は間違いなく俺にとって有意義な、心穏やかになれるものになっていった。


雄英の試験科目は筆記と実技。
名は前者こそ得意だったが、後者に不安があったらしく。
時折、実技の対策をああでもないこうでもないとアイデアを出し合った。

彼女はどんな些細な提案も嫌な顔ひとつせず受け入れ、その上で良ければ活用し。ダメであれば次の案を模索していた。


こうやって一緒に対策をとっているうちはいいが、試験当日はライバルたる存在。
それでも、彼女の努力が実って。夢に一歩近づけるよう、合格を願わずにはいられなかった。



あっという間に試験当日を迎え、そして発表日。
結果は2人とも合格。彼女から「合格通知がきたよ」と連絡が入ったときは、自分のそれが届いた時よりも嬉しく思った。


中学の教師陣に褒め讃えられ、揃って雄英高校の地を踏んだ入学式。
ずっと見ていた中学の制服じゃない。雄英の制服に身を包んだ名は、今までよりずっと嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「高校も一緒になれたねぇ、踏陰くん。学科こそ違うけど、これからもよろしくね?」


ほんのりと桜色に染まった頬に、どきりとしたのは俺の胸中にしまっておこうと思う。




---   ---   ---


「踏陰くん、お疲れ様〜。どうだった、初日は?」

「…まるで母親のような聞き方だな」


慌ただしい初日を終えて、帰ろうとすると校門付近に名の姿があった。
俺の姿を捉えた彼女はいつもの微笑みを浮かべて、駆け寄ってくる。

「えぇー同い年だよ!あのねー経営科はね、将来の実業家候補みたいなすごい人がたくさんいたよー。
 わたしも置いていかれないように頑張らなきゃなーって思ってたんだ」

「そうか。こっちも癖の強そうな奴がちらほらいたな。」

「おぉ、さすが天下の雄英高校だねぇ。
 そういえば踏陰くん、入試9位だったんでしょ?やっぱり凄いよ、さすが!同中出身として鼻が高いよー」

「…持ち上げすぎだ。

 それより……先に、帰ってなかったんだな」


中学時代は勉強したあと、途中まで一緒に帰る事が多かったが。
さすがに高校生活初日は名は名で下校するだろうと思っていた。
だから正直驚いたのだ。何故待ってくれていたのか、と。

しかしそんな疑問は彼女にとっては理解しがたいものだったようで。


「え?だって踏陰くんと一緒に帰りたかったもん」


さも当たり前のことのようにあっけらかんと答えられてはさすがに俺も返答に困る。
その言葉にはどういった意図が隠されているのか。それを推し量っていると、彼女は小さな声で付け足す。


「それにね、踏陰くんに聞きたいことがあって…」

「俺に?」


本当に小さな、掠れた声で名はそう呟く。
すこし俯きながら。ほんのりとオレンジ色に染まった頬と、今まで見たことのない、下がった眉。

今までにない空気を感じ取った俺は、「どうした?」と促した。

言葉を紡ごうとしては、やめ。視線をあちこちへ何度か散らせた後、ようやく何かの決心をしたらしい彼女は
ゆっくりと、自身で内容を反芻するように話し始めた。


「あのね…聞きたいことっていうのが、えっと…
 髪がボサボサってしてて、ソバカスのある……。
 入試の時、おっきい仮想敵と対峙して、女の子を助けてた人なんだけど、

 …同じクラスや経営科ではいなくって……。踏陰くん、知らない?」



口調自体はゆったりとした、いつもの、俺のよく知っているそれだった。

が。彼女の目を見て息を呑んだ。俺でも、見てわかったからだ。



恋をしている人間の顔だった。




名の言う特徴から察するに緑谷のことだと察しがついた。
しかしなぜ彼女の口から緑谷のことが出てくるのか。

返す言葉に悩んでいると、その沈黙を「俺が知らないこと」だと判断したらしく。


「ごめんね、知らないなら、いいの。…ごめんね」


そう言って名はまた微笑む。
だが、その笑顔は傍で見ていたどの笑顔とも異なっていて。
作り笑顔だということははっきりわかった。


「……いや、知っている。

 同じ、クラスにいる」


そう、絞り出すだけで精一杯だった。
すると彼女は花が開いたような明るい表情を見せ、教えてくれる?とやや早口でまくしたてる。

その勢いに圧され、恐らく緑谷出久のことだろうと伝えた。


「みどりや、いずくくん…」


噛み締めるように復唱し、頬に手を当てて破顔するその姿を俺は黙って見つめていた。


胸の奥から湧き上がる、ざわざわとした黒い感情を覚えながら。






             ―俺のことを見てくれないのか?








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4/22放送のアニメで完全に堕ちました。
これで私もトコヤミスト。

2017.04.23



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