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優しさにつつまれたなら


※46話

連合宇宙歴101年を目前に控え、火星の後継者による新世紀記念式典制圧を阻止すべく
ノイ・ヴェルターのメンバー誰もが血気立ち、そして緊張していた。

ここ最近の戦闘は激しさを増し、一度起こるだけで各機体へのダメージは蓄積されるばかり。
それでも整備士としてわたしがするべきことは短期間でベストの状態へ戻すこと。

戦場から帰還したパイロット達を笑顔で迎え、スムーズに格納庫へ案内する。
新しい武装の届いた機体もあり、そのセッティングもあってもうてんてこ舞いだ。

「紫苑」

作業音や駆動音、整備班の怒号飛び交う場所であるにも関わらず、
その低く体の芯に響く声はまっすぐにわたしの名を呼んだ。
声の主なんて見なくてもわかった。傭兵部隊サーペントテールのリーダー・叢雲劾さんだ。

「どうしましたか、劾さん」

「ブルーフレームの右腕関節部分の動きが少し鈍く感じる。
スペースデブリだとは思うが、念の為に整備士観点で確認してもらえるか」

「少し待ってください、控えます。
…ブルーフレームの右腕関節が、鈍い…っと、わかりました、確認します」

「よろしく頼む」

眉一つ動かすことなく劾さんはそう告げ、デブリーフィングの為かこの場を後にする。
その背中を少しだけ見送ってから、頬を叩いて仕事モードに戻る。
こうでもしないと劾さんのかっこよさに顔がにやけちゃうから。

メカニックという立場もあって、沢山のパイロットと会話する機会があるけれど
劾さんは寡黙な方だからなのかあまりお話ができない。
だからこうして注文をつけてもらえる機会はとても貴重で重要なのだ。

勿論嬉しいからって浮かれちゃいけない、それだけは留意してる。
劾さんが戦場で常にベストコンディションで動けるようにするのがわたし達の仕事なのだから。

「…よし!」

やる気も元気も出たし、頑張って取り組まなきゃ!
肩をぐるぐる回しながらわたしは自分の持ち場へ戻った。



結論から言うとブルーフレームの関節には宇宙ゴミが入り込んでいた。劾さんの見立て通りだということだ。
丁寧にそれを取り除き、補修する。なめらかに動かせるようメンテナンスを施して完了。
これでオッケーかなと再度チェックをしているとわたしの大好きな人が声をかけてくれた。

「調子はどうだ?」

「劾さん!お疲れ様です」

声も表情も明るくなってしまうのは隠せなかった。
丁度作業も終わったところなので、彼の元へ移動する。
ロープを使って颯爽と降り立つ…つもりが気持ちがはやっていた為か、
足をついた瞬間ぐらりと体勢を崩し、前方へつんのめるってしまった。

好きな人の前で顔面からこける?!
そんな情けない姿を晒してなるものかと奮起したものの前へ倒れゆく力に抗うことはできなくて。
反射的にぎゅっと両目を瞑ったがいつまでたっても来るべき衝撃がやってこない。
その代わりに感じたものは少し硬いながらも優しい温もりと、鼻腔をくすぐった大人の香り。


「紫苑、大丈夫か」

「がっ…がががががい、さ……」

いつもより近く彼の声が聞こえて反射的に顔をあげると劾さんの姿。
劾さんに抱きとめられていたのだ。軽く肩も掴まれて。

わたしの顔を覗き込むように見つめる彼のサングラスに映るのはぱくぱくと口を開いた自分の顔。
肩から感じる劾さんの温もりや息遣い、改めて間近で見つめる彼の顔…全てがもう、刺激的すぎて。


「…おい、紫苑…紫苑!」


情けない話ですが、そのままわたしは意識を手放してしまった。
こんなに幸せなことを経験してしまっていいのだろうか。そんなことを頭の片隅で考えながら。




…どれくらい気を失っていたのかはわからない。
ゆっくり目を開くと見知らぬ天井がそこにあって、次に自覚したのは気を失う前と同じ香り。
ー…ん、さっきと同じ香り?ということは……

「目が覚めたか」

ばっ、と声のする方へ顔を向けると読書中だったらしい劾さんが本に視線を落としたまま続ける。

「本当は医務室へ連れて行こうと思ったが…あそこは先客がいてな。
俺の部屋ですまないが、少しは休めたか?」

「は……はひ……」

「最近ロクに休んでいなかったらしいな。まぁ仕方が無いといえばそれまでだが…
休めるときに休むのも必要だ。そこを忘れないことだ」


今言われたことをそのまま文字に起こしてしまえば叱責を受けているのだろうけど
こうして同じ空間にいて言われるのとでは全然違う。

だって劾さんの表情も声音も凄く柔らかくて優しいから。

読みかけの本を閉じ、劾さんはわたしの隣に腰かけて優しく頭を撫でてくれる。


「整備班には俺から伝えておいた。もう少しここで休んでいくといい」

「劾さん……、本当に、ありがとうございます」


なんとか感謝の言葉を伝え、劾さんの優しい提案に乗らせていただくことにした。
自分ではそんなに根をつめているつもりはなかったけれど、そうでもなかったのか。

そのまま横になるとまた劾さんが髪を撫でた。



…うん?わたし、この状況で本当に休めるのかな?





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夢主→叢雲劾は思いつくのにその逆はと問われると頭を抱えてしまう。
でもきちんと仕事をこなす人間のことはちゃんと評価してくれてそう。