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『名、随分珍しい個性になったなぁ!俺と母さんの個性いいとこ取りじゃないか』
『そうなの?』
『ああ!名、お前の心のこもった歌声を聴いた人は、傷が治って元気になるんだ!
こんなに素晴らしい個性、そうそうないぞ!さすが!俺の自慢の娘だ!!』
始めて個性が発動した時。お父さんは自分のことのように喜んでくれた。
物体を衝突させる個性を持つお父さん。物体を回転させる個性のお母さん。
それが合わさって、わたしの個性『活性化』は目覚めたのだ。
父上のお願いでお客様に歌を聞いてもらう日々が続き、どれぐらいたったかわからないある日。
バケツを引っくり返したような大雨の夜、今まであったことのない人がお屋敷にやってきた。
真っ黒なマントを身にまとったカラス頭の男の人。
その人はわたしを見つけて、一瞬驚いた顔をして。とてもかわいそうな子を見る目を向けてきた。
どうしてそんな顔をするんだろう。そんなことをぼんやり考えながら、彼に腕を引かれる。
その前に何か言っていたような気がするけど、彼の声が遠くに聞こえて。
ここから逃げるぞ、という言葉だけは耳に残った。逃げる?なんで?
そんなことも思いつつ、抵抗する気力は湧かず。わたしは彼に導かれるまま、屋敷の外へ連れ出された。
いつの間にか雨は上がっていて、分厚い雲の隙間からまるい月が顔をのぞかせる。
月明かりに照らされた景色は今まで見たどんな風景よりもずっとずっと綺麗で。
「……!」
この時唐突に理解した。この夜景は小さい頃、もっと自然に見ていたはず。
なのにこの景色でこれだけ心が動かされるということは、わたしはそれだけ狭い世界で生きていたんだって。
その事実を受け入れられず、困惑しているといつの間にか知らない建物へ通される。
柔らかいソファに腰を下ろすと、優しいお姉さんが暖かい紅茶を持ってきてくれた。
しんどかったね、つらかったねと安心させるように何度も何度も声をかける。
―…変なの。外に出ていなかっただけで、わたしは今まで何も辛いことはなかったのに。
どうしてこの人達が心配してくれるのか全然わからなくて不思議だったけど
こうして久しぶりに外へ出られたのは本当に嬉しかった。
その後、わたしを守るという理由で、ここに連れてきてくれたカラスくん…常闇くんと一緒に暮らすことになった。
今までいた部屋はなんだか薄暗くて、それでも全然気にならなかったけど。
これから暮らすここは大きな窓から差し込む光でとってもキラキラ輝いているみたい。
それが嬉しくて、ずっと外の景色を眺めていた。
雲が流れていく様子や、遠くに見える道路、自転車で走る人達…。それを眺めているだけで心がワクワクする。
そしてふと父上のことを思い出した。
わたし、黙って出てきてしまったけれど、父上は大丈夫なのかな。
どうしてかはわからないけど、常闇くん達は父上のことを何故か敵視しているように思えた。
直接言葉には出さないけれど、態度や空気の端々に嫌悪感というか、そんなものを感じるの。
なんでだろう。父上はずっとわたしの為にいろいろなことをしてくれたのに。変なの。
…それより、この景色を父上に見せてあげたいな。最近ずっとお仕事が忙しいって言っていたし。
この青空を見たらきっと疲れも吹き飛んじゃうんじゃないかな。
そんなことをわたしはぼんやりと考えていた。
2017.05.09