×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -









始めて会話をしたのが一緒に住んで1週間。
さらにその数日後、俺から提案し、名前で呼び合うようになった。

同じ時間を過ごして、徐々に心の距離が近くなっているのを俺は感じていた。

この生活が始まってそろそろ1ヶ月。俺は前々より考えていたことを名に持ちかけた。


「名、明日は少し遠出しないか?」

「? どこに行くの?」

体力も少しずつ戻り、外出できる時間も長くなってきた。
毎日近場だけでは名もつまらないだろうと思い、遠出を提案したのだ。

今までは仕事以外に金を使うこともなく、預金残高が増えていくだけだったが…ここで使っても罰は当たらないだろう。

「何駅か先の水族館だ。……ここだ」

水族館のホームページをスマホで検索し、彼女に見せる。
画面をスワイプしてこういう生き物がいるぞと見せてやると、わかりやすく瞳を輝かせた。


「ここ…連れて行ってくれるの?楽しみ…!
 踏陰くん、ありがとう。うれしいな」


ゆっくりとしたトーン。穏やかな笑顔。
始めの頃はまさかこんなに笑ってくれるとは思いもしなかった。

歳は近いはずだが、少女のようなあどけない仕草を見せたかと思いきや。
年相応の女性らしい、落ち着いた佇まいや微笑みを見せたりする。

俺の一挙一動でまったく表情を変える彼女に、俺は完全に心を奪われてしまった。
―…俺は、名のことが好きなんだ。


「明日晴れかな、雨かな。どっちでも行こうね、約束だよ?」


にこにこと嬉しそうに話しかけてくる名がどうしようもなく愛しく感じて。
思わず抱きしめてしまいそうになる衝動を俺は必死に抑えていた。





次の日、晴れることも雨が降ることもなく…結果は曇り。
薄暗い空を仰ぎ見ながら、俺たちは部屋を後にする。

ちらりと横目で名の姿を見る。
事務所にいる女性事務員が用意してくれたという、光沢のあるベージュのワンピース姿。
透き通るような白い肌が眩しく、ちらりと見える鎖骨が色気を感じさせて、どきりと心臓が跳ねる。

「踏陰くん、どうしたの?わすれもの?」

小首をかしげて名がそう尋ねてきたが、なんでもない。と素っ気なく答えることしかできなかった。



平日の午前ということもあってか、水族館の中は空いており。
どの水槽も比較的ゆったりと見ることができた。

どのコーナーでも足を止めてじっくり見たかったらしく。
全箇所巡り終わったのは入館して3時間だった。

流石に少し疲れたらしく、併設された喫茶店へ入ると、名は体を預けるようにソファへ座り込んだ。


「こんなに長く出たのは始めてだろう。疲れていないか?」

「ちょっとだけだから、大丈夫。それより、ケーキ頼んでもいいの?」

「勿論だ。好きなものを注文していいぞ」

「ありがとう、踏陰くん。それじゃあ…この苺タルト、食べたいな」


長い間自身で選択をしなかったからなのか、名は何かをするとき必ず俺に確認をとる。
上目遣いで、俺の顔色を伺うように。どこか不安そうな面持ちで尋ねるのだ。

都度、そんなことを気にしなくてもいいと言ってはいるが…あまり効果はないようだ。

もっと俺に甘えてくれていいのだが…。

そんなことを考えていると注文したタルトが運ばれてきた。
予想通り、名は食べてもいいかと確認をとりフォークへ手を伸ばす。

一口大を取り、そのまま口へ運ぶ。よほど美味しかったのか、嬉しそうな笑顔を作っては
二口、三口とどんどん手を進めていった。



「ああ美味しかった…!踏陰くん、本当にありがとう」

「どう致しまして。いい気分転換になったか?」

「うん!おかげさまで!」


ぽんぽんとお腹を軽く叩き、名は微笑む。
くるりとその場で回転すると、スカートの裾が花のように広がった。


「踏陰くんが連れてきてくれたから、今日一日凄く楽しかったよ。
 お魚もイルカもラッコも、みんな可愛くて、もっともっと見ていたいくらいに。

 ……ねぇ、踏陰くんはどうしてわたしに優しくしてくれるの?」



―……そんなの。お前のことが好きだからに決まっているだろう。

だけどそんなこと言えるはずもなく。俺は曖昧に微笑んでごまかすしかなかった。



2017.05.10
|Index|
- 9 -