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一緒に暮らし始めて早数日。

少しずつだが、氏のことがわかってきた。
まず、10年も閉じ込められていた為、外の環境変化に体が慣れていない。
屋外へ出ると1時間もしないうちに体調を崩してしまう。

始めて会った時に名前を教えてくれた時以来、言葉を発してはくれないが
うっすらと微笑んだり、目を細めたり、徐々に表情の変化が見えてきた。

上司より渡されていた事前資料によると氏は俺の1つ年下らしいが
小柄で華奢な体躯に童顔なためか、もっと幼くも思える。

長時間の外出こそできないが、外に出ることや外の景色を眺めることは好きらしく、放っておけばほぼ丸一日景色を見て過ごすこともある。


…夜、一人になることが怖いらしく。
毎日ではないが、時折涙を浮かべながら服の裾を掴まれ、一緒に眠ることもある。


そんなこともあるが、基本的には素直な性格らしく。家事のたぐいも俺が頼めばこなしてもくれる。

自分のことを頼ってくれる、大きな妹ができたようだ。
思っているよりもそのことは嬉しく感じているようで、まったく悪い気はしない。

仕事で、ということもあるが。そのことを抜きにしても、彼女の力になれるようしなければ。

何があっても俺が守る。日に日にその気持ちは強くなっていくのを自覚していた。






さらに数日が経過し。家の周りを散歩しないかと、氏に提案をした。
彼女は一瞬目を見開き、そして外出したそうにちらりと窓へ視線を移す。

だがそれも一瞬で、申し訳なさそうに俯いた。

「大丈夫だ、何があったとしても必ず俺がお前を守る。
 ―…だから遠慮しなくていいんだ。さぁ、出かけよう」


「………」


こくん、と氏は小さく頷く。
そして俺の服を軽く掴み、玄関の方へくいくいと引っ張る。


「ああ、行こう。だから急かさなくていいぞ」


そう言って俺たちは部屋を後にする。
よく考えてみればここに越してきてからゆっくり外出したのは始めてかもしれない。

買い物はインターネットで済ませていた上に、元々持ってきた荷物の片付けに手間取ってしまったこともある。

家の周りに小さな公園があること、花壇に綺麗な花がたくさん植えられていること。
落ち着いた雰囲気の喫茶店があること、そんなことも知らなかったのだ。

ゆっくり歩かないとわからないこともある。
そんな当たり前のことを、俺は改めて実感していた。


「(こういうことに気づかせてくれたのも氏のおかげかもしれないな)」


生活基準を彼女に合わせていると、今まで見落としていたことがいかにたくさんあるかを思い知らされる。


そんな氏は緊張が解れないらしく、俺の服を掴みあたりをキョロキョロと見回した。
それでも好奇心には勝てないようで、瞳はどこか輝いているようにも見える。


「…!」


ぐい、と少し強めの力で腕を引かれる。
どうした?と尋ねると、彼女は河川敷方面へ指をさした。

どうやらあそこへ行きたいらしい。元々行き先はないのだ。
それぐらいお安い御用だと答え、その場所を目指す。

緩やかな坂をのぼりきると、太陽光を受けて煌めく川と、青々とした緑が広がっていた。


氏はぽかんと口を明け呆けた顔のまま硬直する。そして、まぶたから筋を引いて涙がこぼれた。

彼女が泣いている、そのことに気付いたのは一拍遅れてからだった。
慌てて大丈夫かと尋ねると、頭を左右に振って彼女は否定する。




「ちが……、の……

 とこ……やみ、く………ん。


 ―……ありがと……」




一緒に暮らし始めて約1週間。
始めて氏と会話をすることができた。

穏やかな彼女の微笑みに、俺の心臓は一際大きく跳ねたのだ。






2017.05.07
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