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「荷物全て運び終わりました!この伝票にサインをお願いします!」
「ああ、感謝する。気をつけて帰ってくれ」
「ありがとうございます、失礼します!」
愛想のいい引越し業者が人懐っこく笑い、小走りで駆けていく。
窓からは西日が入り込み、いつの間にか夕方になっていたことに気づかされた。
大きな家具は全て配置できたが、まだ段ボール梱包を開かなければならない。
しかしそのような気力は湧かず、俺は思わず床に寝転ぶ。
ちらりと視線を窓際へ移す。
そこには相変わらず無言の氏が、ぼんやりと外の景色を眺めていた。
しかし初めて会った時のような無機質さはあまりなく、生まれて初めての景色を見るような。
そんな好奇心のようなものを少し感じ取れた。
上司命令で氏の護衛を命じられたのが丁度2日前。
護衛をするのであれば、部屋も同じにしたほうがいい。君の今住んでいるワンルームからこちらへ引っ越せと。
当事者たる俺が事情を飲み込むよりも早く、上司と総務担当によって住居が決まり。
昨日一日使って荷造りを行い、今日引っ越すという。怒涛のスケジュールを強制執行させられたのだ。
「鳥籠姫が落ち着くまで…そうだな、とりあえず1ヶ月は事務所に来なくてもいい。
彼女のそばについて、心の傷が癒えるよう働いてくれ。頼んだぞ、ツクヨミ」
一昨日、上司はうっすらと笑みを浮かべながら。それでいて平然とそう言い放った。
1ヶ月も活動しなくていいというのは末恐ろしいものを感じたが、氏氏や敵に彼女は狙われているのだ。
そのことを考慮すれば当然の対応と言えるか。
「(しかし…いくら個室は分かれているとは言え…結婚前の女性と、ふたりで生活するなど…あの上司は本当に何を考えているんだ…)」
一緒に生活をしていれば確かに安全ではあるだろう。しかし自分もれっきとした男だ。
氏もいきなり知らない男と二人で生活しろと言われたら困るに決まっているだろうと思うのだが…。
彼女の衣類を用意してくれた女性ヒーロー曰く、「あの子はツクヨミくんといるときが一番落ち着いている」そうで。
あまりその実感はわかないが。まったく俺のことを警戒しないあたり、少しは信頼されているということなのか。
突如、くるりと彼女がこちらへ顔を向ける。ばちりとぶつかる視線。
何かを言いたそうに口を開いては、しょんぼりとして閉じる。その動作を何度かした後、俺は彼女の言いたいことが理解できた。
きゅるるる。
室内になんとも可愛らしい鳴き声が響く。
声の主である氏はバツが悪そうに眉を下げ、ふいと視線を逸らす。
頬が赤く見えたのは夕焼けのせいだろうか。
「(こんな顔も、できるのか)」
初めて見る、人間らしい表情に一瞬どきりとしつつ。
俺は体を起こし、立ち上がる。
「気づかなくてすまん。食事にしよう、少しの間待てるか?」
そう尋ねると、氏は嬉しそうに目を輝かせて頷く。
歳はそう離れていないのに、子どものようだ。
心が穏やかになっていくのを感じ、台所へ向かった。
2017.05.05