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昨日の予想は一日遅れて的中したらしく、作戦決行の夜は土砂降りとなった。
黒影を纏い、計画内容を反芻する。
まずは上司と他のヒーロー、警察で氏邸を闇に紛れて包囲し、捜査協力依頼の名のもと屋敷内に立ち入る。
協力者(詳しくは明かされなかったが、氏邸の中にスパイがいるらしい)が一時的に屋敷内の防犯システムをダウンさせ、その隙に俺は鳥籠姫の救出及び脱出という流れだ。
とにかくお前は鳥籠姫を見つけたらすぐに逃げろ、それを第一に考えろと指示を受けたが。さて、どうなるか。
ちかちかと赤い光が2度点滅する。…作戦開始の合図だ。
俺は黒影を身に纏い、最も手薄と言われる窓へ飛び移る。
そっと手を這わせる。…手筈通り、鍵はかかっていない。
音を立てぬよう、それでいて素早く窓を開き室内へ。
協力者によると、鳥籠姫は本館最上階にいるらしい。ちょうど俺が今いる場所だ。
のんびりしている暇はない。なによりこの任務にミスは許されないのだから。
+++ +++ +++ +++
明かりのない、真っ暗な廊下を俺は走る。
鳥籠姫とやらは一体どこにいるのか。
ここは無限回廊か何かかと錯覚してしまうほどの部屋数に俺は辟易していた。
鳥籠姫のいる部屋を知っているのは屋敷内では主である氏氏と、側近でもある秘書のみだという。
協力者はその立場にはなかったということか。
しかし…虱潰しに探していてはあまりに時間がかかりすぎてしまう。
何か策はないだろうか。そう思案していると。
『踏陰、一番奥ノ部屋ガ怪シーゼ』
「根拠は?」
身にまとった黒影が口を開く。
こいつの直感は当てになるが、それでもそう感じる理由が欲しかった。
『上手ク言エネーケド、負ノ感情ミタイナモノが溢レ出テル。
暗クテ、静カデ、ドロドロシタ、ソンナ感ジガスル』
「成程。信じるぞ…ッ!」
長い廊下の突き当たり。言われてみればここだけ他と空気が違うように感じる。
妙にひんやりとした薄気味悪さを覚えるような、そんな空気だ。
そっとドアノブに手をかけ、黒影の指先を鍵穴に合わせ、そっと開く。
一歩足を踏み入れて、思わず息を呑んだ。
中央に天蓋付きのベッドが設置されただけの部屋。
他に家具らしいものは全く見当たらない。
ベッドには真っ白なワンピース姿の女性がぼんやりと腰掛けている。
うっすらと見えたその表情に生気はなく、俺のことにも気づいているのかどうか判別がつかないほどだった。
「俺は、漆黒ヒーローのツクヨミだ。君を助けに来た、もう安心してくれ」
思わず名乗りを上げるが、彼女は微動だにしない。
ひょっとして息をしてないのだろうか。そう思い、近寄ると、陶器のように真っ白な肌と、焦点の合わない瞳。
これではまるで人形じゃないか。
言葉による意思疎通を一度断念し、当初の計画通り彼女を連れて屋敷を脱出することに決めた。
「ここから逃げるぞ」
声をかけてもなんの反応もない。
…ふと、10年前から彼女の捜索をしていたという話を思い出した。
そんなに前からであれば、何らかのマインドコントロール・洗脳を受けているのかもしれない。
「もう大丈夫だ。怖がらなくていいんだ」
俺の声が届いているのか甚だ疑問ではあるが、ある意味自分に言い聞かせるように繰り返し、
その華奢な体を抱き上げて屋敷を後にした。
彼女のいた部屋にあった大きな出窓から脱出を図り、そのまま俺は事務所へもどる。
さっきまで打ち付けるように降っていた激しい雨は止み、分厚い雲が晴れ、時折月が顔をのぞかせた。
雨雲が晴れたように、彼女の心も晴れきって欲しいものだ。
そう願わずにはいられなかった。
2017.05.03