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雄英高校を卒業してもう5年。
同期の何人かは独立し、自身の事務所を設立していると風の噂で聞いた。
それなのに俺は今もまだサイドキックのまま、日々パトロールに励んでいる。
一体どうしてこうなったのか。
社会に出てからの間、日々の鍛錬や情報収集など怠ったことは一度たりとも無い。
人間関係も、不得手ながらも悪印象を与えないよう立ち回ったつもりだ。
そう、つまり俺は『伸び悩んで』いた。
このままでは万年サイドキックという道も無くはない。
しかしこの現状を打破するための活動も成果も何一つ上げることができないでいた。
―…なぜこうなってしまったんだ…。
分厚い雲に覆われた鈍色の空を仰いで溜息を一つ。
なんとも不愉快な湿度が全身を包む。…もしかすると雨になるかもしれない。
それもかなりの、豪雨になりそうだ。
理由も根拠もないが、その時の俺はそう思った。
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「お疲れ様です。ツクヨミ、只今戻りました」
「ああ、お疲れ様。どう?何か異変やその兆候はあった?」
「3丁目で万引き未遂の確保、4丁目で迷子のこどもを保護したぐらいです」
「わかった。ありがとう、じゃあ日報書いて、上がってもらっていいよ。
…と、いつもならここで話は終わりなんだけど。
ツクヨミ。君の個性『黒影』を見込んで一つ頼まれてくれないか」
ピリッと空気が変わったことを肌で感じる。場に緊張感が生まれ、「勿論です、仔細をお願いします」と俺は即答した。
勿体ぶるように組んでいた指を解き、また同じように重ねていく。
「君はコードネーム『鳥籠姫』のことを知っているか?」
「はい。治癒に纏わる稀有な個性を持っており、それでいて公の場には一切姿を見せない方ですよね」
「そうだ。君も知っての通り、人を治す個性というのはとても珍しく、非常に重要なものだ。
雄英高校にリカバリーガールがいただろう?10年ほど前、ガールの後継者として育てるよう捜索していたが手が届かなくてね。」
「それがなぜ今になって名前が出てきたのですか?」
「…資産家の氏氏、知っているか?日本のヒーロー事務所に多額の寄付金を収めている、あの男だ。
そもそも鳥籠姫は彼の養女という扱いになっていて、義父のガードもあってか今までまったくコンタクトを取れなかったんだ。
―氏氏は、裏社会の。敵と密接な関係にある、と。
そしてその密会が、明日の夜。彼の屋敷にて行われるという有益な情報を入手したんだ。
我々がそちらを抑えている間、君には屋敷内にいるという鳥籠姫を救出してほしい」
上司はふぅ、と一息置き。神妙な面持ちで俺の目を射抜く。
「ツクヨミ。どうだ、やってくれるか?」
そんな問いかけ、考えるまでもない。
今の俺に、断るという選択肢など存在しなかった。
「勿論、お受けします」
腰を折り、頭を垂れる。
願ってもいないチャンスだ。
この案件を成功させることができれば、俺は…。
「ああ、ありがとう。詳細はこの計画書に記してある。
本日中に頭に叩き込み、明日に備えてくれ:
「はい!」
背筋を伸ばして俺は答える。
この時の俺は、ただただ成果を上げなければならないという脅迫概念だけで回答したようなものだ。
それほどまでに追い詰められていたということに、俺自身まったく気づいていなかった。
2017.05.03