「踏陰くんおかえりなさい、今日もお仕事お疲れ様」
なんとか日が変わる前に帰宅すると、まだ起きていたらしい名が迎えてくれた。
夜も遅い時間だというのに穏やかな微笑みを浮かべる彼女に、仕事で荒んだ俺の心が癒されていくのを実感する。
「ただいま。 毎日遅くまで起こしてしまって、すまない」
「ううん、いいよ、大丈夫だよ」
ふるふると頭を左右に振り、名はまた微笑む。
ふと視線を下げると何かの書類を握っていた。
俺の視線に気づいた彼女は頬を染め、少し恥ずかしそうに言葉を紡いだ。
「あの、これね…履歴書、なの。
ちょっと前に、踏影くんの事務所の人から薦められたの。お仕事、やってみませんかって。
…雄英高校の、養護教諭補佐……。
リカバリーガールさん、が。個性の事とか、もっと教えてくれるって…」
「リカバリーガールが?」
「うん。それでね、わたし、全然個性のこととか、わかってないから…だから、ちゃんとしたいなって。
……ふ、踏陰くんのおくさんとして、しっかりしたくって……
勝手に決めちゃってごめんなさい…、でも、あの…面接……行ってもいいかなぁ?」
ためらいがちなその言葉を否定するはずもなく。
優しく彼女の頭を撫でて、”頑張ってこい”と一言投げかけた。
何をするのも俺に確認してばかりだった時の事を思えば、かなりの進歩だ。
自分で決め、考え、そして行動しようとしている。
「…自分を卑下しなくともいい。
名は、もう十分立派な俺の、…妻、だからな」
「…っ!! ――……ありがと、踏陰くん」
両頬を真っ赤に染めて、名は心底嬉しそうにつぶやいた。
なんとか時間を作り、想定される面接練習を繰り返した結果、内定通知の書類を嬉しそうに見せる名は
今まで見たこともないような、晴れ晴れとした笑顔をしていた。