×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -





12




上司に、名奪還案を進言して数日。
俺が想定していたよりもずっと早く、諸々の準備が整った。

氏氏からは『愛娘である名を誘拐された』とされていたのだが
事務所として正式に『サイドキックの一人が個人判断でお嬢さんを保護した』と見解を統一したのだ。

最初から彼女を連れ出すつもりで俺自身も動いていたし、上からもそうするよう指示もあった。
しかし、事務所として「無理矢理連れ出すつもりでした」などとは口が裂けても言えないのだ。

所属するヒーローの個人判断で行った、とすることで何かが起こった場合、俺を切り捨てることで事務所としては体裁を取り繕うことができるのだ。
この場合の「何かが起こった」とは、今回の名奪還が失敗に終わったケースを指すのだが。


『本当はこの手段は取りたくなかった。しかし事務所側としてもかなり無理を通して決行するんだ。
 …すまないが、これくらいのリスクは背負ってもらうぞツクヨミ』

『勿論です。無理を言ってばかりで申し訳ありません』

見解統一をはかったとき。上司は申し訳なさそうに頭を下げて俺にそう話した。
この事務所に入ってもう何年も経つが、まさか自分の提案をここまで聞き入れてくれるとは思っていなかった。
全く評価されていないのでは、と悩んだこともあったが…この人はきちんと俺のことを見てくれていたのだ。

苦情を入れられた家庭へ間髪入れず訪問するなど、普通であれば行わない。
しかも相手はあの氏氏。うちの事務所へも多額の支援をしているのだ。
本来であれば謝罪を入れ、ご機嫌取りをし、その上で時間をかけて事実どうなっているのか確認するという。
これでもかというほどに時間のかかることをして対応すべき案件だ。

上司はそれら全てを無視し、あくまで個性申請及び更新不十分の現地調査という名目で強行することを決めたのだ。

関係各所への根回し及び申請や、今後の資金繰り調整。また人員確保や予定・計画の修正など。
それら全てをこの数日で終わらせてくれたのだ。たかがサイドキック1人の意見を受けて、ここまで力を尽くしてくれたのだ。

俺にはこの思いに答える責務がある。



―…名…。


今までの氏氏は名に対し、『優しい洗脳と支配』を行ってきた。
誘拐騒動からの連れ戻しで、急に対応を変えるということは恐らくないだろうが…それでも彼女の身が心配だ。

ちらりと時計を確認すると、決行時刻まであと2分。

まだ、なのか。
今回はあくまで現地調査…いわゆる抜き打ち訪問だ。前回のように闇に紛れてどうこうというわけではない。
氏氏が大人しく通してくれればいいのだが…どうなるだろうか。



目を閉じ、これからの作戦に向け集中していると時間もあっという間に経過し、決行時刻を迎えた。

役所の担当者と上司の2人がインターホンを鳴らし、氏氏を呼び出す。


「夜分に恐れ入ります、氏さん。いらっしゃいませんか?もしもし?」


無機質なチャイム音が何度も周囲に響き渡り、2人の声も虚しく響く。
屋敷の窓からは明かりが見える。と、いうことは在宅しているのは間違いないのだ。

まさか居留守なのか?いくらなんでもすぐバレるようなことをあの氏氏がするとは到底思えなかった。


何度も何度もインターホンを鳴らすが結果は変わらず。
しびれを切らした上司は「すみませんが立ち入って調査をさせていただきますね!」と叫び、強引に門扉をこじ開けた。

扉には鍵がかかっておらず、役所担当者や同じ事務所のヒーロー達と一斉に屋敷内へ。



「氏さーん?!いらっしゃいませんかー!!役所の者ですがー!!!」


担当者が大きな声をだし、在宅しているかどうかを確認する。
しかし何の返答もなく、妙な沈黙と空気が俺たちを包んだ。


「…とりあえず手分けして、屋敷内を探そう」


上司が険しい表情で俺たちに指示を出す。
人の気配が全くないわけではない。恐らく屋敷内にいるはずだというのが上司の見解だ。

短く返事し、各々散開する。


―…そういえば、名は訪問客に歌を聴かせていたと話していたな。
ということは大人数を収容できる防音設備のある部屋を探せばいいのか。

訪問客が敵であるとすれば…その部屋は地下もしくは万が一すぐ逃げられるよう裏口などから近い場所にあるはず…。


その仮説を立証すべく、俺は地下階から捜索することにした。

一室ずつ確認して回っていると、不自然に扉が開いている部屋を見つけた。
分厚く、頑丈そうな扉だ。閉め忘れ、ということではあるまい。

素早く駆け寄り、ちらりと中を確認する。
十数名は余裕で入りそうな、さながら小さなホールを連想させる部屋だった。
中央には簡単なステージがあり、譜面台が設置されていた。

恐らくここが名の言っていた『訪問客に歌を聞いてもらう』ための部屋なのだろう。

しかしそこに彼女の姿はなく、整頓されていたであろう椅子などがひっくり返って散乱していた。

その中央で力なく膝をつき、項垂れるスーツ姿の男。


それは間違いなく名の義父であり今回の重要人物。氏氏の姿だった。







2017.05.31
|Index|
- 13 -