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※主人公視点




この1か月、わたしの生活環境は目まぐるしく変化していた。
屋敷から外出したことなんてなかったけれど、突然目の前に現れた踏陰くん。

半ば強引にわたしの腕を引き、連れ出してくれた世界はとても煌びやかで眩しくて、気持ちが良かった。

正直、父上に黙って出ているっていう自覚や。いわゆる誘拐的なものなのかという考えもよぎったけれど
それよりも、何年かぶりに感じた外の世界による刺激がたまらなくて、思考を放棄していたというのが正しいと思う。

だから父上の秘書が現れた時、罰が当たったんだと思った。
外に出るのなら、きちんと父上の許可をもらわないといけないって。
小さな子どもでもわかる道理なのに、今まで見て見ぬ振りをしてきた。そのツケがまわってきたんだと思った。

―…本当は、秘書の声なんて無視して。踏陰くんと一緒にその場から逃げたかったけど。

だけどやっぱりわたしは父上のことが好きだから。きちんと筋を通さないといけないって。そう強く思ったの。



今、わたしは父上の書斎に呼び出されている。
用件は確認するまでもない。この1か月のことについて、それ以外にあるわけない。

きっと、思い切り叱られるんだろうな。
そう覚悟はしていてもやっぱり怒られるのは、怖い。心臓がさっきからうるさいし、両手とも汗ばんでとても気持ちが悪い。

――…ふぅ。

心の中で大きな深呼吸を、一つ。よし。


「父上、この度は1か月も無断で外出してしまって、本当にごめんなさい。
 沢山考えたけど、それ以外に言うことが思いつかなくて……心配をかけて、すみませんでした」


そう言い終えて、深々と頭を下げる。

何を言うべきか、連れ戻されている間や、部屋に呼ばれるまでずっと考えたけど。
やっぱりこの言葉しかないと、そう思った。一番は謝らないとって。


父上はふぅ、と眺めの息を吐いて。それでも険しい表情は崩さない。



「…まず、その言葉が出てきて嬉しく思うよ。
 しかし本当に生きた心地がしなかったからな。

 お前を誘拐したヒーロー事務所には既に苦情を入れ、支援金の打ち切りも検討している。
 当然だな、私の大切な娘を誘拐したのだから。これでも足りないくらいだ」

「―…えっ」


一瞬、父上の言っている意味がわからなかった。
苦情?支援金打ち切り?そこまでしなきゃいけないの?

本当は言い訳もせず、謝って許してもらおうと思っていたけれどそう言っていられないということは理解した。
思わず立ち上がり、この1か月自分がどんなに良くしてもらえたかを必死に説明した。

わざわざ部屋を借りてもらったり、洋服や小物を全て準備してもらったり。
何もひどいことなんてされていないし、むしろわたしの好きなようにさせてもらったこと。


「だから、わたしは全然嫌じゃなくて…むしろ良くしてもらってばっかりで、みんな親切にしてくれて…
 ……全然ひどいことなんてされてないの。だからお願い、父上、ひどいことしないで、お願い…」

「しかしだな名。お前はそう言うが、私からすれば突然わけもわからん奴らに娘を誘拐されたんだ。
 お前が無事だったなど結果論にすぎないんだ。そもそも外に連れ出すのならばきちんとした手順を取るべきだろう。

 わかってくれ。私にとって大事な娘…九条くんにとっても大事な存在だったお前をいきなり連れ出されたんだ。
 許せと言われて許せるわけないだろう」


「父上……」


そうまで言われてしまうと、わたしはもう何も言い返すことができなかった。







その日の夜、父上からまた来客があるから対応を手伝うようお願いされた。
今まで通り、正装に着替えて。いつもの応接室へ向かう。

深く一礼をして入室すると、思っているより沢山の人がいて。その瞳が一斉に向けられる。


…あれ、今までもこんな感じだったかな?
それとも何も疑問に思わなかっただけなのかな。

そんなことを思いながら、お客様へ挨拶をし、深く。深く息を吸った。


お昼間、ワンフレーズだけとはいえ。踏陰くんに聞いてもらっていたからか。
個性を発動させることの疲労感が少し大きく感じたけれど、久々に歌えたこと自体はとても気持ちが良かった。


お客様ひとりひとりの目を見て、その人の心にしっかり届くよう歌い上げる。


―…ん?
歌っている最中だけど、わたしは妙な違和感を覚えた。

わたしから見て左端に座っている、がっしりした体つきの男性。
どこかで見た、ようなきがする。どこでだろう。

脳内に浮かんだ疑問を抱きながら、曲は最後の旋律へ。
このあとはビブラートを聞かせて歌い上げるだけ。



もやもやを抱えながらなんとか歌い終わると、室内から拍手が沸き起こる。

歌う前は辛そうに横たわっていた人達が、今では起き上がって手を叩いている。

この時わたしははじめて、自分の歌を聞いてもらうことで負傷したあの人達を治癒していたということを知った。
きっと今までもずっとそうだったんだろう。具体的に何人癒していたのかは全然覚えていないけど。

なるほど、だから歌い終わったときあんなにしんどかったんだ。ようやく合点がいった。


…それよりあの男の人、どこで見たんだっけ…。うーん…。

そんなことを考えながら、お客様へ深く頭を下げる。勿論、ご清聴くださったことへの謝辞も忘れない。



「皆様、お忙しい中お越しくださりありがとうございました。拙い歌ではありましたが、いかがでしたか?
 今後とも氏のことをよろしくお願いいたしま……」


あ。

唐突に思い出した。あの男の人、わたし、見たことある。
喉の奥にある小骨が取れたみたいに、すっごくすっきりしたから思わず声に出してしまっていた。



「そうだ!あの人、ヒーロー事務所で見たんだ!確か、指名手配されてる、敵の……」



そこまで言って、ふっと意識が遠のいていく。


最後に聞こえたのは、少ししゃがれた低い声。




―――鳥は、籠の中でさえずるから重宝されるんだがな。

少し小馬鹿にしたようなそんな口調。それが耳に残っていった。







2017.05.28
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