×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -





10




名が屋敷に連れ戻されたあと。

目の前で起こった出来事をまだ飲み込めず、俺は思わずその場に立ち尽くしていた。


時間が経つにつれ実感が沸き、まず先に事務所へ報告を入れることにした。
すぐ上司につないでもらい、事の顛末を伝えると低い声ですぐに事務所へ来るようにと。

言われるまでもなくそうするつもりだ。
スマホをポケットにしまい、俺は駆け足で事務所へ向かった。






「…ツクヨミ…やってくれたね」

「大変、申し訳ありません。弁解の余地もありません」

事務所に到着するなり、険しい表情の上司が俺を迎えてくれた。
上司の言うことは正しい。何はともあれ、俺は任務の完遂ができなかったのだから。

「…君から報告の電話が入った後、氏氏より我々に苦情が入ったんだ。
 愛娘を許可なく連れて出るのは金輪際やめていただきたい、とな」

「………」


「幸い、訴訟はしないとのことだ。おおごとにしたくないらしい。

 …しかしまぁ…。まさか突然連れて行かれるとはな…」

はぁぁ、とわかりやすく大きなため息をつかれてしまう。
嫌味地味た口調が耳に障る。
「お前には失望した」と、上司の纏う空気がそう語っていた。


「本当に、申し訳ありません。返す言葉もありません」

「―……まぁいい。この後どう動くか、しばらく様子を見るしか…」

「お言葉ですが、それは如何なものかと。
 この1か月、鳥籠姫…いえ、氏名と生活を共にして気づいたことがあります

 彼女は早急に保護すべき人物です。氏氏からの圧力があったとしても、行動を起こすべきです」


これ以上事を荒立てたくない上司を引き止めるべく、俺は少し強めの口調で言い放つ。
これほど明確に、異を唱えたことはこの事務所に所属してからはじめてかもしれない。

しかし、彼女の事を一番知っているのは他の誰でもない。俺だ。
はじめてだろうがなんだろうが、ここで俺が引くわけにはいかない。

こうしている間にもまた彼女が身を削って個性を酷使し、敵にとって有益な事を無自覚のうちにさせられているかもしれないのだから。



「……詳しく、話してくれ」



俺の熱意を汲み取ってくれたのか。
上司は指を組み直し、静かに続きを求めた。

名が定期的に氏氏の客人に個性を使用していたこと。
氏氏は敵との癒着関係が懸念されていること。
氏氏がこの10年で資産額が爆発的に上昇し、政治警察司法医療など多方面へ多額の援助を行っていること。

名の両親が亡くなられたのもちょうど10年前。
彼女が氏家へ養女となったのも10年前。

これらのことを鑑みるに、氏氏は抗争等で負傷した敵を治癒すべく、名の個性を使用していた。
正直にそう伝えれば名も不信に思うだろう。そのために「客人へ歌を披露する」という形態をとり、彼女を信じこませていた。

傷の治療に恐らくかなりの金を請求し、その結果資産額が大幅に増えたのだろう。




「本人に確認しましたが、個性を使用すると体力消費が激しく、屋敷にいる間の性格な記憶がなかったそうです。
 長年酷使されたことにより、慢性的な記憶障害を引き起こしたのではないかと、私は考えています。

 この事務所に連れてきた日、人形のように反応がなかったのはそのせいではないかと。
 
 彼女をこのまま放置していては、かならず壊れてしまうでしょう。心か、体か…どちらになるかはわかりかねますが…。

 本人は自分の境遇を悲観してはいませんでしたが、それは氏氏による長年の印象操作の結果にすぎません。
 一刻も早く、彼女を保護し。平和な日常を送らせてあげることこそ、ヒーローとして取るべき行動だと思います」



逸らすことなく、上司の瞳を見つめて話し終える。

氏氏はヒーロー事務所へも多額の資金援助を行っている。
勿論それ以外にも収入源はあるが、打ち切られてしまえば恐らく所属ヒーローや事務員がほとんどいなくなるだろう。

このことがあり、氏氏への疑いはあれど各事務所は強気に攻め入ることができなかったのだ。

だがしかし、もうそうは言っていられない。
事務所維持の為に、俺たちの給料の為に名が自覚なく苦しみ続けるなんて。



――…そんなこと、俺はお断りだ。






長い。
長い沈黙のあと、ゆっくりと上司が口を開いた。






2017.05.22
|Index|
- 11 -