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「…ねぇ、踏陰くんはどうしてわたしに優しくしてくれるの?」


水族館からの帰り、名は俺にそう尋ねてきた。
流石に好きだからだなどと答えることはできず。俺は曖昧に微笑むことしかできない。


「…でも。わたしは恵まれてるね。こうして踏陰くんはわたしを外に出してくれたし。
 それに父上も両親をなくしたわたしにずっと親切にしてくれたもの。

 わたしなんかの為に本当に優しくしてもらってばかりで、これでいいのかなって思うくらい。
 わたしは父上に何も返せていないのに、それでもいいって言うの。それでいいのかな」


そう言って名は微笑む。ふわりとした笑顔は今まで見た中で1、2を争う程綺麗だ。
そして気づく。何かがおかしいことに。


―そうか。名の話している内容が彼女にとっての氏氏のことにすり替わったからだ。
そして名は氏氏に対してまったく負の感情を抱いていない。

俺たちヒーローは勘違いをしていたんだ。
氏氏が名のことを無理矢理監禁し、自由を奪っていたと。
名が、氏氏に恐怖し、そして憎しみを抱いているのだと。

事実はさておき、名にとってはそうじゃなかったんだ。
彼女にとって氏氏は大切な父親だったのだ。

そうなると俺たちは彼女を、父親の元から無理矢理引き剥がしてしまったことになる。
これではまるで俺たちの方が――…。


「―ごめんね、こんな話…。お屋敷にいたときはこういうことあんまり考えたり、お話することがなくって。
 こうして外に出たことなんてもう長いあいだなかったし…。踏陰くんとお話してると、色んな気持ちが出てくるみたい。

 こんなに沢山おしゃべりしたのも、いつ以来だろ?わかんないや」


「名……

 …帰りたいか?父親のところへ」


一瞬、名の瞳が大きく開かれる。
思わず尋ねずにはいられなかった。
いくらヒーローとはいえ、結果的に俺たちは彼女達親子を引き離したことになるのだから。
名が辛いと感じているのであれば、別の解決策を探すべきではないだろうか。

そのためにも、まず名の気持ちを俺は聞きたかった。


「そうだね…うん、帰りたい、かな……。
 こうして外に出してくれたことは嬉しいけど、きちんと父上に伝えてなかったし。
 ちゃんとお話すれば父上もわかってくれると思うの。

 あぁ、嫌だったわけじゃないよ?踏陰くんに出会えたことは幸せだし、もっと一緒にいたいのも本当だもん。

 だけど、黙って出ちゃったのは、やっぱり…だめ、かなって…だから…」


「―…本当にすまない…」


やはり、か。
予想通りの答えを聞かされた俺は、無意識的に肩が落ちる。
この方法は取るべきではなかったのだ。こんな強行的手段ではなくもっと他にやり方があったはずじゃないのか。

名の話を聞いていると、始めて会ったあの時のことを自然と思い返していた。



「(…む?)」



何かが引っかかる。
氏氏と名の関係が良好であれば、屋敷内で会った彼女はもっと生き生きしているはずじゃないのか。

だが実際思い返してみれば、あの時の名は息をする人形のような。生気のない顔をしていたじゃないか。

そもそも彼女自身も屋敷内では物事を考えたり話をする機会がなかったとつぶやいていた。

はっきり言って異常だろう、そんな状況。
普通に、屋敷内に閉じこもって生活するだけでそんな状態にまでなるだろうか。


―…そういえば、彼女の個性は治癒に関するものだった。
個性というものは万能の存在ではない。かならず弱点や何らかの制限が存在するはずだ。



「…名…話が変わって申し訳ないが…
 お前の個性について、教えてくれないか?」


「個性?わたしの?えっとね、

 わたしの個性は『活性化』。わたしの歌声を聞いた人や動物の細胞を活性化させるの。
 でも、1回歌っただけでへとへとになっちゃうのが問題かなぁ…すごく疲れて頭がぼーっとしちゃうの」

えへへ、と困ったように名は微笑む。
細胞活性…が、治癒に繋がっていくということだろう。
事前資料には明記されていなかった情報ばかりだ。俺は彼女の言葉を咀嚼するように飲み込む。

「対象は、特定の人間だけなのか?それとも、歌声を聞いたモノ全てか?」

「んと…全員、だと思う。わたしの歌声を音楽として理解できるなら誰でもなんでもかな。
 だから昆虫とかはだめみたい。動物も、音楽認識ができる子だけみたいだったし…。

 わたしが誰か一人のことを思いながら歌えば、その人への効果は一番よく出たような気がするよ」


「…屋敷にいたとき、個性を使ったことはあるか?何度使った?」


「え?覚えてないよ、だって1日に何回もお客様に歌声を聴いてもらってたもん

 すっごく疲れちゃうけど、父上は褒めてくれるし、お客様も喜んでくれるし…
 それに、上手に歌えたねって、美味しいものを沢山もらえるんだよ!」


一点の曇りもない笑顔で、名は答えた。

俺は思わず言葉を飲み込んだ。正直、想定していた以上の結果だったからだ。
日に何度も?1度歌うだけで体力をかなり消費するのにか?

恐らく砂糖や八百万のように、個性を酷使すると脳機能が低下するタイプなのだろう。
そのために甘味を与え、糖分を摂取させたのだろうが…恐らく摂取できる以上のエネルギーを消費していたに違いない。

だから彼女は屋敷内での記憶が曖昧で、会った時も生気のない顔つきをしていたのだ。

名はそのことに全く疑問を抱いていない。
恐らく長年同じ環境におかれていたために、認識能力が麻痺しているのだろう。

こんなもの…ただの精神操作、マインドコントロールではないか。


やはりダメだ。彼女がどれだけ父親に会いたいと願っても、帰らせるわけにはいかない。


俺の心がそう決まったが、名は呑気に微笑みながら「歌、聞きたかったの?じゃあ少しだけだよ」と。
大きく息を吸い込み、歌い始めた。

屋外で、伴奏のたぐいも、何もないのに。彼女の声は周囲に響き渡り。
全身が痺れ、震えた。体が喜んでいるとでも言うのか、これが個性の力か。

聞いたことのない歌ではあったが、伸びやかな声と楽しそうな表情だけで、明るい曲なのだと思った。




ざぁっ




―突如、上空から黒服の男性が現れる。今まで見たこともない男だった。
その男は名の眼前まで歩き、膝をつき頭を下げる。


「名お嬢様、お迎えにあがりました。お父上がお待ちですよ」


俺はその男が名を奪還するため派遣した人間であることを、この時になってようやく理解した。


「名!!!」


思わず声を荒らげ、彼女のもとへ駆け寄ろうと一歩を踏み出す。が、完全に後手に回ってしまい。
あっという間に男は名を横抱きにし、ふわりと上空へ浮かぶ。


「漆黒ヒーロー・ツクヨミ様ですね。当主のご息女を誘拐した罪は重いですよ。
 処罰は後日知らされるでしょう。身の程を知りなさい」


―それでは、失礼。


そう残して名を連れたまま男はどこかへ飛び去ってしまった。

伸ばした腕は空を切り、俺は自分の無力さを改めて思い知らされたのだ。





2017.05.13
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