×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




とどめを刺してからというもの、

「なあ昴。」

「何。休憩ならしないわよ。」

勉強を教えるようになった私は水を得た魚のようにゼンにあれこれと知識をたたき込みまくった。
もしかしたら私は会社員よりも教師に向いているのかもしれない。
しかし、事あるごとに休憩を挟みたがるゼンに教育を施すのはなかなかに大変な作業だった。

「いや、ちげーんだけど。おれはふと思ったわけだ。」

ゼンは時たま変わった言い回しをすることがあると思っていたが、私はそれが嫌いではなかった。
日本語が不得意なのだろうか。
バカだから。

「なんなのよ。」

仕方なく言葉の先を促してやることにする。
私は開いていた英語の教科書を伏せて、顔を上げた。

「昴って好きなやつとかいねーの?」

それが、勉強を中断してまで聞きたかったこと?
過去完了形も覚束ないくせに一丁前にそんな話かと呆れかえるが、気分転換になるかと思い付き合う。

「付き合ったりしたことはあるけど、今はいないかな。日常生活送るのに忙しいし、そんな暇ないのが一番の理由ね。」

正直に答えると、ゼンはうーんと唸る。
なにか気に食わない回答だったかしら。

「そんなこと聞いて、なんになるの?なんかあったワケ?」

そういえば、ここのところ少しばかり上の空なことが多かったような気がする。
自分で勉強を教えて欲しいと申し出たくせに、どんな手を使ってでも休憩を挟もうとしてくるから、上の空なのもその作戦の一環なのかと思ってた。

いまだに「うーん」と唸るゼンをほったらかして、足の低いテーブルにあったコーヒーカップを手に取り立ち上がった。
日曜日の昼下がり。
6月は雨続きでうんざりしていたから、本当は家に篭って本でも読もうかと計画していたけど、11時過ぎに突然訪れた荒っぽいノックのせいで、すべて水の泡となった。
ゼンは私の家のドアを、必ず3度ノックしてからチャイムを押す。
自分が来た時の合図は、どの家でも決まってそうしているらしい。
友人の多さが伺えて、羨ましい限りだった。

お湯を沸かしながらインスタントコーヒーの蓋を開ける。
なんだか昼食を用意するのが面倒になってきたので、お昼はコーヒーでいいかと思い始めた。
チラリとゼンの方を見ると、腕を組んでまだ悩ましい顔をしている。
しゃべらなければ、私の好きな顔立ちなんだけど。
ひとたび口を開けばすべてが台無しになるほど、一言で言えば「アホ」だ。

「おれ、好きなやつ、が、いるの、か、も、しれ、ない…?」

ほらね、ゼンから飛び出る言葉の数々は、意味のわからないものばかりだ。
かつてここまで確信の持てない恋の自覚があっただろうか。



聞けば、ゼンには大学にそれはもう、とてもとても仲の良い女の子がいるのだという。
入学前から付き合いのあったその子は、純粋でまっすぐで、読書が好きで、今まで接したことのないようなタイプの女の子らしい。
打算がなく、素直で芯の強い彼女とは、この半年ほど仲良く遊んだり、時にはトラブルがあったりとしたらしいが、つい最近、これが恋心というやつなのか?と思うことがあったと。
いやあ、私から言わせれば、そんな純真無垢な女の子、今の世の中本当にいるのだろうかと疑ってしまう。
絵に描いたような「女の子」じゃない。
真っ白なワンピース着てるって言われても驚かないわよ。
ゼン、騙されたりしてないよね?

ちなみに彼女は他県から来た子らしく、ゼンがこの辺りでは名の知れた不良であったことは知らなかったという。
だからこそ打算なくゼンと仲良くでき、ゼンの過去の出来事を知ってからも変わらずに接してくれたのだそうだ。
ちょっとちょっと、そんな都合のいいことある?
これじゃあ私がゼンの名前を聞いた途端顔をしかめたのが、悪い反応だったみたいじゃん。

しかし、私もよく存じ上げているが、ゼンはやんちゃ(の度を越しているけど)ばかりしていた頃、女性関係のお遊びも激しかったと聞いている。
そのせいで、今抱いている気持ちが本当に恋なのかどうか、よくわからないのだろう。
と、いうことがあっての、あの発言。
それなら疑問形でたどたどしかった口調もうなずける。

ただ。
なぜそれをよりにもよって私に相談する?
言ったよね、今そんなことしてる暇ないって。
社会人になってからは、色恋沙汰なんてめっきり付き合いなかったし、そもそも学生時代もよくわからずに付き合っていたようなものだ。
告白されたからとか、なんかよく話すし好きなのかな?とか、それくらいの軽い気持ちで。
そんな私に、いわゆる恋バナなんて、絶対に相談相手を間違えている。
ていうか得意そうに見える?

「昴、美人だから、そういう経験も豊富なのかと思った。」

爆弾。

この男は、本当に。
唐突に投下するこの爆撃のおかげで、何人が彼の虜になったのだろう。

「美人だからってモテるワケじゃないのよ。」

精一杯動揺を隠して言ったけど、我ながら意味わからないことを言った気がする。
自分で美人自称するってかなりやばい奴じゃない?

「おお、そうなのか。たしかに昴って、美人でツンツンしてて、逆に近寄りにくい感じがあるよな。」

なにが「おお」よ。
びっくりすんな。
こっちがびっくりだわ。

ていうか、私にどういう相談をしたいワケ?
女の子の落とし方なら、もう十分知っているだろうに。

「おれって、その子のこと好きなんかな?」

「知らないけど?」

顔も見たことないし、その子を前にしたゼンのことも見たことない。
なにを基準に判断すればいいのよ。
ただ私はそんなかわいいを体現したような女の子は存在しないと思うし、ゼンのタイプがそういう感じだったのかと知って言い知れないイライラがつのっている。
なぜ私がこんな気持ちにならないといけないのよ。

もう、話が全然前に進まない。
会話に苦労したのって何年ぶり?
サカキの面々は、いじめはしてくるけど一流企業の社員だし、日本語はうまかった。
だからこんなにも巧妙に私をいじめてくるのだけど。
高校時代、友人は数えるほどしかいなかったけど、それなりに頭のいい人間とつるんできた。
短大時代は、勉強してた記憶しかない。

付き合った男性たちは、頭の良い人を選んできた。
頭の良い私を好きな頭の良い男性が好き。
決して顔だけが取り柄の、こんなアホじゃなくて!

「おれも、わかんねーんだよな。ただ顔を見るとギュってなるし、なんならギュってしたくなる。触りたくて、たまんねー。」

そう言って、両腕で自分を抱きしめて、私の愛用の人をダメにするソファに埋もれるゼンは珍しく気持ち悪い。
私の持論だけど、女の子は恋をするとかわいくなって、男の子は恋をすると気持ち悪くなる。
基本的に爽やか青年の顔をしているゼンももれなく気持ち悪くなるということは、この理論に則ると、恋をしているということになる。

「え!まじか!おれキモいか!おー!じゃあそういうことでいいんだな!いやーさっぱりした!」

さっぱりじゃなくて、すっきりじゃない?と思ったけど、黙っておいた。
私の持論を聞いて、なぜか晴れやかな顔を見せたゼンはコーヒーカップをぐいっと傾ける。
湯気が立ち上るカップは熱々なのに、彼は猫舌という言葉に縁がないらしい。

面と向かって気持ち悪いと言われて嬉しそうにするこの男の行動原理がわからない。
わかりそうだったり、わからなくなったり。
ゼンから目が離せないのは、初めて見る生き物を探求しようとする人間本来の特性からだと、自分を納得させた。

「好きってことがわかったことだし、昼飯でも食いに行こうぜ。」

昼食を諦めかけていた私に躊躇なくそう申し出るゼンは、心を読む魔法でも使っているんじゃないかと時々思う。
私は渋々を装って快諾した。

[ 6/17 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]