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揺れる心に

ゼンは、呼んでもいないし連絡先を交換したわけでもないのに、突然、どこからともなく現れる。
私は、今となってはもう驚くこともなく、そんな彼を暇なのかなあとしか思わなかった。
彼はいつも適当な時に現れては、どうでもいいことを話し、私の愚痴を聞いて、去っていった。
暇なのだろう。
そして、社員から私へのいじめは、エスカレートすることも、収束することもなく、ただ淡々と、通常業務のように行われ続けた。

「大学はどうなの?」

5月も後半に差しかかる頃、私はふとゼンに聞いた。
この男は、何時だろうとお構いなく私の前に現れるから。
高校時代と比べたら明るい性格になったとはいえ、本当のところ友人は少ないのかもしれない。
私みたいに。

いつも私のくだらない愚痴ばかり聞いているから、たまには年上らしく学校での悩みでも聞いてやろうと思ったのだ。

「大学?あー、楽しいぜ。」

普通の答えだ。
これは、きっと話し相手がいなくてさぞつまらないのだろう。
なるほど、だから私の前に現れてはなにかしら話を聞いて帰っていくのか。

「へー。友だちいないの?」

つとめてなんでもないように、冷静を装って聞いてみた。
ほらほら、お姉さんに話してみなさいよ。

「は?友だちっつーか大学にいるヤツ大体と遊んだことあるけど。」

うっわ、なによコイツ。
見た目通りの男すぎてなんの面白みもない。
こんな見るからに友だちたくさんいそうなヤツが、悩みなんてあるわけないか。
しかも、心底不思議だ、みたいな顔で言ってくるのがさらに腹が立つ。

「あっそう。じゃ、大学での悩みなんて無いも同然なんでしょうね。羨ましいわ、ほんと。」

嫌味でもないそのままの気持ちをぶつけると、ゼンはザッと顔を青くして、嫌なことを思い出した、とでもいうような顔に変わった。

「ああ、でも、あれだな。授業がマジで全然わかんね。もう全単位落としそうだ。」

ほんとに顔通りの男だな。
勉強、嫌いそー…。

「大学の勉強ってどんなことするの?私短大だったから普通の四年制大学の授業知らないんだけど。1年生は短大と似たようなもんなのかな。」

とは言ったものの、短大時代は思い出したくもないくらい忙しかった。
とにかく授業ばかりだったからだ。
少なくとも、今目の前にいる暇そうな大学生とは似ても似つかないほど目が回っていた。

「さあー?でも、思ったより普通に英語とかやるんだなって思ったな…。もう一生やんなくていいのかと思ったのに。」

「ゼンって何学部なの?」

単純に疑問だ。
だって、勉強に関してはなんにも得意な物がなさそうに見える。
失礼すぎるから言わないけど。

「理工学部の数学科。おれ、数学得意らしいんだよな。」

他人事のようにそう言うゼンは、あまり興味もなさそうだ。
この子は、なにかやりたいことでもあるのだろうか。
楽しそうだったり、顔を青くしたり、つまらなそうだったり、よくわからない。

「理系なのね。私もだよ。勉強、教えようか?」

2つしか違わないけど、この迷子のような青年を、導いてあげるのもいいかもしれないと思った。
だっていつも、このよくわからない青年に、助けられているから。

「昴って勉強できんのか?」

返ってきたのはなんとも失礼極まりない答え。
私がさっき自重した気持ちを返せよ。

「私をなんだと思ってんのよ。サカキの特別枠で入社したっつーの。」

「おお、昴って怒ると口わりーな。」

見当違いのところにツッコミを入れてくるゼン。
どうでもいいわ。

「つーかサカキって榊コーポレーションか?そこ、おれの友だちもいるぜ。」

「あ、あんたってどこにでも友だちいるわね。」

なにが高校時代にグレてたよ。
真っ当だった私よりよっぽど人付き合い得意じゃん。
じゃあ私のしょうもない愚痴をわざわざ聞きに来るのも人付き合いの一環か。

「まーな。そいつらは、まあ家族みてーなもんだけど。」

ふうん。
あの和泉ゼンにも、大切な人とかいるのね。
顔つきが穏やかだから、本当のことを言っているのだとすぐにわかる。
本当に、コロコロとよく変わる表情だ。

「それより、勉強教えてくれんの?」

「いいよ。大学生の勉強教えるなんて、変な感じ。私だって、普通に四年制大学通ってればまだ大学生だったのに。」

別に後悔しているわけではないけど。

「じゃ、大学生みたいな気分で教えてくれよ。なんか先輩に教えてもらうみてーだな。」

おれ、センパイに勉強教えてもらうの初めてだ。

なんて、否応なしにしかたないなあと思わせてくるようなことを、なんの迷いもなしに言ってくる。
満面の笑顔を、出会ったばかりの私に見せてくる。
変なヤツだ。

「でも私平日はこき使われてるから、土日だけよ。それから、わからないところがわからないとか、そういう曖昧なのもダメ。ちゃんと教えてほしい範囲をある程度まとめてきて。」

照れ隠しでは決してないけど、私はまくしたてるように言った。
それでも、ゼンは笑顔を崩さずに言う。

「おっけー!めちゃくちゃまとめてくる!てか昴って理系なのか。英語とかも大丈夫か?」

なんか、ペースを崩される。
強く当たっても、引いても、優しくしても、全部同じように受け止めてくる。

「勉強ならなんでも得意だからなんの教科でも問題無いわ。」

「すっげーな!いいなあ。」

いいなあ、と、いつでも言われてきた。
頭が良くていいな、勉強できていいな。
私がどこでどれだけ努力してきたかも知らないで、みんなそう言う。
なんだか急に頭が冷静になる。
ゼンもそうなの?

「今まで勉強してきた分、誰かに教えられるのって、かっこいいよなあ。」

もう!
なんなの!

「痛って!なんだよ!」

思わずゼンの横腹あたりをどすどすと殴った。
どうせこの喧嘩脳にはダメージなどない。

「感謝してよ。」

「おー!ありがとう!」

本当に、変な気分だ。

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