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思うんだけどな。

高校生の時から妙に気が強くて、ひねくれている自覚はあった。
友人もあまりいなかったし、そもそも話しかけてくる人もいなかった。
別にいじめられているわけでもなかったし(逆に社会人になっていからいじめられている)、たまに授業をサボっても勉強ができたから教員にもなにも言われなかった。
私は、あの時が一番自由だった。

高校3年生に進級した時、新入生にとんでもないヤツがいると噂が流れてきた。
その男は「和泉ゼン」という名前で、喧嘩がやたらに強いらしかった。
私が通っていた高校、そんなにガラが悪いってわけじゃなかったのに、いつのまにか「喧嘩上等!」みたいな校風になったのは、間違いなくヤツのせい。
私は授業をたまにサボったりするくらいのかわいい不良だったけど、「和泉ゼン」は正真正銘の不良だった。
喧嘩なんかに縁のない私には、学校が同じだけで関係ないと思っていた。
実際話したこともなかった。
遠目に見かけたことや、怒鳴り声が耳に入ったことはある。
怖くて近づきたくもなかったし、なるべく1年生の校舎には近づかなかった。
そうして無事、私は高校を卒業して短大に入った。
高校2年生に進級した「和泉ゼン」はさらに悪名を轟かせていたけど、高校3年生になってからの噂はぱったりと聞かなくなったからついに退学になったのかと思っていた。
だから、すっかり忘れていた。
私だってこの1年は自分のことで精一杯だったし。

それが、今。
目の前にいるなんて。

私の目の前で食後のアップルパイを食べているなんて。
まだ食べるのか。

全然気がつかなかった。
だってあの頃は髪が短かった気がするし、遠目で見た時は顔中傷だらけだったし、絆創膏でほとんど顔が見えなかった。
目つきだって、野生の獣みたいだったのに。
今目の前にいる男との共通点は、黒髪とつり目くらいだ。
それが、なに?
あの「和泉ゼン」なの?

「嘘でしょ。私「和泉ゼン」とは高校同じだったもん。」

この人懐っこい笑顔の青年が、あの「和泉ゼン」なわけない。
そもそも「和泉ゼン」が高校を卒業して大学生になれるのか。

「え、そうなのか!同高かよ、グーゼンだな!」

でも、こんな人がわざわざ「和泉ゼン」の名前を借りて嘘なんてつくかな。
仮に本物だとしたら、変わりすぎでしょ。
私の記憶の中の「和泉ゼン」と、今日1日話していたこの青年が同じとはとても思えない。
そりゃ人は変わるものだけど、ここまで変わるか。
でも悪い方向にじゃない。
こんな風に会ったばかりの私のいじめられ話に相槌打ってくれて、笑い飛ばしてくれるなんて、断然良い方向だ。
よく知らなかった「和泉ゼン」より、今知っている彼を信じよう。

「偶然ね。高校時代の「和泉ゼン」とは随分違うみたいだけど。」

少し嫌味を込めてそう返すと、「和泉ゼン」はなぜか照れ笑いを浮かべた。

「高校時代はなあ、黒歴史だから、忘れてくれ。ありゃ反抗期だ。」

照れ笑いと「忘れてくれ」の一言では到底無かったことにはできないくらいの黒歴史だと思うけど。
だって警察沙汰になったこともあるって聞いたわよ。

でも、まあ本人が話題に出すなと言うならやめておこう。
小さなトゲの痛みを、私は知っているから。

「そっか。私は細目昴。よろしくね。」

「へえー昴か!よろしくな!つうかおれのこと、いつまでもフルネームで呼ぶなよー。」

「ああ、ごめんなんか、有名人の名前を呼ぶ時みたいな感覚だった。」

実際にこの辺りでは相当な有名人だ。
当時のことを知っている人なら、当然彼のことはフルネームで話題に出すだろう。
それにしても、こんなに人懐こい人だったとは。
案外噂もアテにならないものだな。

「うん。今日はありがとう、ゼン。愚痴を吐いたら、なんだか少し気持ちが楽になったわ。」

私に必要だったのは、気持ちを吐き出せる「誰か」だったのか。
それが「和泉ゼン」になるとは思いもしなかったけど。

「おー。おれでよかったらいつでも話相手になるぜ。」

太陽が反射したみたいにキラキラした笑顔でそんなことを言う。
もう、日が傾きかけているというのに。

「ありがとうね。でも、きっともう会うこともないんじゃない。明日からまた仕事だし、私は1日中職場にいるわ。」

明日からまた、キツい1週間が始まる。
スッキリして空になっていたストレスゲージも、すぐに満タンになるだろう。
でも、そんな時には今日のことを思い出して、自信を持って「私は悪くない」と思おう。
それだけで救われる。

「そしたらまたおれがいいカンジに現れて、話聞いてやるよ。」

そんな魔法みたいなゼンの言葉に笑って、私たちは分かれた。

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