あなたには関係ないと
ガンガンと痛む頭をさすりながら起き上がった。
今日は休日。のはずだけど、社会人にもなって絶賛いじめられている私は資料集めと整理をしなくてはならない。
出勤はしなくていいけど、頼まれた資料用の本を買わないと。
そもそももっと早く言ってくれれば会社から発注して指定日に届けることもできたのに、またあの、「ごめんなさ〜い。言い忘れてたの」とかいう言葉で片付けられた。
いやなことは忘れて、本屋に行くついでにお昼でも買いに行こう。
あわせて昨日のことも、都合よく忘れたい。
「あ、よう。」
最悪なことって、続けて起こるものだと、常々思う。
最近の私には最悪なことばかりが立て続けに起こっている気がするけど。
昨日の命の恩人が、本屋への道中声をかけてきた。
こんな偶然ある?
あった。
今だ。
「ど、うも。」
ああ、頭が痛む。
いい感じに忘れられそうだったのに。
「ほんとに死ぬつもりなかったんだな。何してんだ?」
余計なお世話だ。
「仕事です。」
もう、早くいなくなりたい。
恥ずかしすぎる。
昨日は、酔っ払ってたんです!
忘れてください!
とかって叫ぶのはいつも心の中でだけだ。
本当に、小心者。
「へー。日曜日にも仕事してんのか。大変だな。」
うるさいな。
私だってやりたかないわよ。
「はは、は…。」
もう、笑うしかない。
笑ってごまかす。
そして立ち去る。
「辞めてーの?」
突然そんなことを聞かれ、去り時を考えていた頭をぱっと上げた。
「はい?」
「死にたいんじゃなくて、辞めたいって言ってたから。」
昨日の戯言、聞かれてた。
というか、この人に向けて私が言ったんだった。
もう、最悪だ。
お気遣いなく、と言って立ち去りたいところだったけど、そういえばこの人は命の恩人だ。
「あ、はい。そうかも。」
我ながら曖昧な返事だ。
あの時の威勢の良さはどこかへ吹っ飛んだ。
こうしっかりと聞かれると、辞めたいのかわからない。
だって、あんなに努力して就職したんだ。
どうして、真面目に勉強した私の方が去らないといけないんだ。
私が使うわけでもない資料を、下っ端だからって、どうして私が調達しに行かないといけないの?
悔しくて、喉が震えた。
いやいや、こんなところでそんな気持ちになってどうする。
仕事なんだから、仕方ない。
そうやっていままでも、乗り越えてきたじゃないか。
「へえー。辞めたいのに、休みの日も仕事すんだな。」
痛いところをついてくる男だ。
でも、たしかに。
「社会人って、そういうものだと思いますよ。」
「そうかー。あ、てか社会人ってことは年上か!すまん、スミマセン。おれ、今年大学1年生デ、ス。」
重い話に突入するかと思いきや、今更すぎる敬語を繰り出してきた。
しかもこの人明らかに、敬語が下手すぎる。
初対面からあまりにも平然と話しかけてきてたから、気にもしていなかった。
「いいです、別に。あなたの敬語って、なんか逆に居心地悪い。」
「それ、よく言われんだよな。」
そりゃ、敬語になった途端カタコトみたいな喋り方になるからよ。
変な人。
「なんで仕事辞めてえの?」
まだ続くのか、この話。
もう本屋に着いてしまった。
店内に入っても気にせずついてくる。
暇なのかな、この人。
「社内の人間関係が、微妙だから?」
そして私は何を律儀に答えているんだ。
目的のコーナーにたどり着くと、目当ての本がちょうど最後の一冊だった。
手にとってパラパラとめくる。
うん、コレだ。
「ああ、キライなヤツがいるんだろ。」
キライとか、そう次元ではないけど。
むしろ。
「私が嫌われてるのよ。」
そう、一方的に。
レジに向かったが、彼が漫画のコーナーに向かいながら話を続けるから仕方なくついていく。
「え、嫌われてんのか。なんで?」
海賊漫画の新巻を手にとって、「コレ持ってた」と棚に戻しているのをボケっと見ながら、答える。
「私が、最年少なのに、特別措置の方法で入社して、先輩たちを見下してるような態度だから?」
それじゃあ、私が先輩たちに認められるのは、いつなんだろう。
バカなふりをしたって、入社方法で学力はバレているわけだし、年齢は操作できない。
私は変わりようがないのだ。
先輩たちが変わるべきなのに。
「ええ、なんだよそれ。トクベツ、ソチ?すげーことじゃん。」
今度は忍者漫画だ。
ずいぶん前に完結してなかったっけ。
手にとった最終巻を、「コレも持ってた」とまたもや棚に戻す。
なにしてるんだこの人。
「見くだしてんのか?」
「ううん。」
首を振ったけど、どうだろう。
見下してるのかな?
私が少しでもそういう態度を取っていたのかな。
私は私の努力を褒めるのは好きだけど、だからといって周りの人を蹴落とすのが好きなわけじゃない。
だけど、本当はそうだったのだろうか。
私が、悪いのか?
「じゃあ、あんた悪くねーじゃん。ヤなヤツだな、そいつら。」
なんかこの人、子どもみたい。
でも子どもってたまに真理をつく。
そうだ、私が悪いはずないよね。
危ない、またこの人に救われた。
本人は気がついていないみたいだけど。
「ていうか、どうして私にそんな構うの。昨日会ったばかりなのに。」
当然の疑問が今更浮かんだ。
酔っていた上に変態呼ばわりされたというのに。
暇にしてもここまで付いてくるだろうか。
「うん…。なんでだろうな。なんか、初めて会った気がしねーんだよ。」
ナンパの文句にしては曖昧すぎる。
もう少し自信満々に言わないと、釣れるものも釣れないぞ。
そのルックスだし、不自由なんてしてないか。
だけど、そう言って微妙な顔で首をかたむける様子は、嘘を言っているようには見えない。
ようやく漫画コーナーから脱出した私は、レジに向かう。
お会計を済ませたら、お腹がすいてきた。
ぐうー。
これは私じゃない。
「あ、腹減ったー。飯食う?」
この人、ずっと自由だな。
どうしようか一瞬考えた挙句、「食う」と返した。
だってこの自由な感じが、嫌じゃない。
きっとまだ酔いが醒めてないんだ。
*
「だから、私が頭良いからって妬んでんのよ、その人たち。」
ハンバーガーにかぶりついて、オレンジジュースで流し込んだ。
私の前に座る彼は、3つ目の包みに手をかけた。
包みはまだ2つ残っている。
どうなっているの、この人の胃袋。
「うわ、最悪だなそいつら。反撃すりゃいいじゃん。」
短絡的な考え方だ。
そんなことをしたら私の居場所がさらになくなる。
「そんな中学校じゃないんだから。学級会もなけりゃ校長先生もいないのよ。」
「じゃあ、こっそりいじめ返すとか。」
考え方が子どもそのものだ。
良いなあ、大学生って。
「なんで私があの人達と同じとこまで堕ちないといけないのよ。最悪な人たちと同じレベルに合わせるなんて。」
絶対に嫌だ。
私だって、本当は黙って耐えるだけなんて嫌だけど、同じようなことをし返してその時だけの満足感に浸るのも嫌なんだ。
「殴られたら殴り返せばいいってもんじゃないでしょう。」
ハンバーガーを食べ終わって、包み紙を折りたたむ。
久しぶりに、ジャンクな食べ物を口にした。
高校生に戻ったみたい。
「そっか、そうだよなあ。」
なぜか感慨深そうにそう呟く彼は、いつの間にか全ての包みをぐしゃぐしゃに丸めていた。
本当にいつの間に食べたの?
でも、まったく解決に向かわないこの会話も、今となってはなんとなく楽しい。
学生ってこうだよね。
別に大学生活を謳歌したかったとか、普通の大学生より2年早く社会人になったこととかを後悔しているわけじゃないけど、やっぱり同年代の人とくだらない話をするのは楽しいものだ。
私に足りなかったのは、これだったのかも。
未だに名前も聞いていないこの男に、少しずつ心を許し始めている自分がいた。
「はは、なによその言い方。昔ケンカでもしてたわけ?」
こうして茶化すのも気持ちが開放的になっていたからかもしれない。
最初は変なヤツだと思っていたけど、もう少し仲良くなりたいかも。
「おー、してたぜ。あ、おれ和泉ゼン。あんたは?」
「は、」
息が、止まった。
前言撤回。
やっぱりここ最近の私は、最悪だ。
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[mokuji]
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