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とかって笑って、

ぱちり。

目が覚めた。
部屋は真っ暗で、どこになにがあるかもわからない。
しっとりと汗をかいている感覚だけが鮮明で、気持ち悪い。
でも心なしかすっきりしていて、ずいぶん寝てしまったんだと気がついた。
上半身を起こしてとりあえず手元を探る。

わしゃ、と何かを掴んだ触覚が手に広がる。
ふわふわしているそれは、髪の毛のような気がする。
数回わしゃわしゃと撫ででいたら、急に寝落ちする前の記憶が蘇った。
それが間違っていなければ、この髪の持ち主は。

「んぐ…なんだよ…おれは犬じゃねーぞ…。」

寝ぼけた声でむにゃむにゃとそう口走るゼンは、明かりがないせいで寝言なのか目覚めているのかわからない。

「ゼン、起きて。今何時なの?携帯どこ?真っ暗で何も見えない。」

そう言っているうちに、暗闇に目が慣れてきた。
ぐっと目を細めて、とりあえず携帯を探す。
仕事カバンの中に入れっぱなしかと気付くと、次はカバンを探さなければとため息をついた。

「ゼン、携帯持ってる?」

声をかけると、ゼンがむくりと起き上がった。
どうやら私が寝ているベッドに上半身だけを預けた、体を痛める寝方をしていたようだ。
ぐぐっと伸びをしてから、ごそごそと尻ポケットから携帯を取り出す。
真っ暗なのに周りが見えているような一連の動きは、野生動物みたいだった。

携帯が光ると、急に開けた視界に眩しくて目をつぶる。
電気をつける気がなくなってしまった。

「2時半だな。結構寝たな。」

私が家の前でうずくまっていたのは19時ごろだった。
あれからすぐに寝落ちしたのだとしたら、たしかにずいぶん寝てしまった。

ぐう。

二人同時にお腹が鳴る。



仕方なく電気をつけて、私たちは目をしぱしぱさせながら黙って夜食の準備を始めた。
お湯を沸かして、カップ麺とお箸を用意する。
ゼンはすっかり勝手知ったる様子だ。
それぞれのカップ麺にお湯を注いで、待つ。

ちょっと固いくらいが好きだから、1分経ったころに蓋に手をかけた。
ゼンとちらりと見ると、同じく蓋をあけるところだった。

「1分しか経ってないけど。」

「昴もだろ。」

少しの沈黙のあと、私たちは同時に吹き出した。

「ちょっと固いくらいがちょうどいいよねえ。」

「おれむしろこっちの方が好き。バリカタ的な。」

お互いに寝起きだからか、少し鼻声で、内容のない話をしている自覚はある。
湯気で鼻水が出そうになって、ずびずびずるずるとすするカップ麺はいつも通りうまい。
若干芯の残るカップ麺は、目の前にゼンがいるだけで少しだけおいしくなった気がした。



「で、海はどうだったのよ。」

時刻は3時。
腹も満たしてすっかり頭も働くようになった私は本題を切り出した。
当然明日も仕事だけど、月のモノのせいでホルモンバランスがだだ崩れている私の脳内では、仕事なんて二の次になっていた。
ゼンが海に行ってから5日ほどが過ぎている。
今が今日なのか明日のうちに入るのか曖昧な時間帯だから、なんとも言えないけど。
ゼンとは連絡先も交換していないし、基本的に私からゼンにコンタクトは取れない。
だから、今彼がどんな気持ちでこんな深夜に私の家にいるのか、はっきりさせないといけないのだ。

「おー、楽しかったぜ。」

普通、としか言いようのない感想を述べるゼンにイラつく。
わかるでしょうが、何を聞きたいのかくらい。

「好きって言ってた子と、どうなったのかって話よ。」

静かにそう告げると、「ああ!」と初めて気がついたかのように声をあげる。
頭上に電球マークが見えそうだ。

「おれ、ちょっと違ったんだよ。もちろん好きなんだけどさ。」

言っている意味がよくわからなかったけど、おそらくゼンはその子と付き合っていない。
そんな気がした。

「なんか、好きだけど、やっぱすっげー好きな友だちって感じで。おれ、あいつが幸せーって顔してるの見るのが好きなんだよ。」

なにそれ、究極じゃん。

ほんとに友だちなの?
幸せそうな顔してるのを見たいなんて、愛以外にあるの?
私は、そうとしか思えないけど。
そんな人、今までにいなかったし。

「そう。」

としか、言えなかった。
ゼンがその子と付き合うことにならなかったことにはほっとしたけど、それ以上にもやもやとした気持ちが広がる。
すっきりしていた頭にもやがかかって、また熱を持ち始めた。
だからかもしれない。
いつもなら絶対に口にしないようなことを、口走った。

「私は?」

「はい?」

「私は、ゼンの友だちかなって。」

きょとんとした顔を見て、ああ、言わなければよかったと後悔する。
ゼンの表情が、見たことないようなにやけ顏に変わったとき、もっと後悔した。

「んんー。昴は友だちっていうか、ちょっと違うカンジだな。」

わかってる。
私が面倒臭い質問をしていることを、この男は楽しんでいる。
むかつく。

「やっぱり知りたくない。」

「なんだよ、今言おうかなって思ったのに。」

「言わなくていい。」

もう、追い出してしまおう。
そう決めてゼンを無理やり立ち上がらせる。
ぐいぐいと背中を押して、玄関に向かわせようとするけど軽くあしらわれて終わりだ。
ビクともしない。

「昴は、センパイみたいに色々教えてくれたかと思えば今みたいに駄々こねはじめるし、でも頭いいし、でも会社でいじめられてるって言うし、」

駄々なんて!
いつも私が弟みたいなゼンを甘やかしてるっていうのに!

「いいからもう帰れば?私もお風呂入りたいし!」

「だから、なんだかよくわかんねーけど、見てて飽きねーし。」

ずっと見てたいんだよな。

ああ、もう!
だからどうしてこの男は、いつでも欲しい言葉をくれるんだろう。

にやけそうになる顔を、ゼンの背中を押しながらこらえた。

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