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ただ嫌いなだけ

重い。
今月がこんなに重い日になるとは思っていなかった。
朝からぐわんぐわんと揺れる脳みそから伝達されるように、身体の節々が痛む。
布団から起き上がる気力も湧かないほどの脱力感と、睡魔。
それでも体を引きずってどうにかトイレまでは行けた。
朝食をとる気も失せていたが、これを逃すとあとで本当に後悔する。
1日の体力がごっそりとなくなるのだ。
とにかく鉄分をと思い冷蔵庫から納豆を取り出すが、テーブルに置いて座った途端に崩れ落ちた。
蓋を開けて、醤油とからしを入れて、混ぜるという作業がこんなにも億劫に感じるなんて。
ああ、こんなことをしている間にもどんどん出社の時間が迫ってくる。

午前休にしてもらおうか。
しかし、出社直前に報告したら嫌味をたっぷり言われるに違いない。
そもそも、なぜ私は体調不良で休みたいと思うだけでそんなに言われないといけないんだろう。
ていうか、私の自己管理のせいではなくて、女は毎月この地獄の苦しみを強制的に味わわないといけない、この世で最もいらない自然の摂理があるだけなのに。

所詮私は会社という大きな時計台を動かすための歯車の一つでしかないのだから、休むこともなく出社するしかないのだけど。
フラフラしながら家を出て、通勤電車に乗った記憶はない。
体温が上昇していて体の中は暑いけど、電車内のクーラーは少し強くて寒い。
満員電車で必死につり革につかまっていると、目の前に立った男性が、握った端末でカードゲームをしているのが見えた。
いいなあ。
私がこうして毎月身体中の不調に苦しんでいる時も、男の人はいつもと変わらずゲームができるんだ。
電車がガコンと揺れた拍子に立ち位置が変わって、別の男性が同じく端末を握っているのが見えた。
ちらりと盗み見ると、全く同じカードゲームのアプリで遊んでいた。

ああ、ああ。
男って!!

普段はこんな短絡的な大きい主語で物事を語ったりはしないけど、今だけは言わせて欲しい。
ああ、羨ましい!
このイライラと、身体中の痛みと、睡魔と、脱力感と、鬱な感情に、自己嫌悪。
全部誰かになすりつけられたらどれだけいいか。
だけどそんなことできるはずもないし、目の前の男性たちは、仕事になればいつもと同じにきっちり働くのだろう。
彼らは悪くない。
私がここで召喚させた、ただの仮想敵だ。
でも、その「いつもと同じに」が、私にはできないんだ。
内臓の内側がボロボロと剥がれて体内から排出されていくだけの作業を、こんなにも忌々しく感じる。

男の上司に生理休暇を求めるのは、私個人としてはやぶさかではないけれど、女の上司や同僚はなぜか生理をおおやけのものとして発言したがらない。
本当のことを言うだけなのに、私が悪いわけでもないのに、なぜこんなにコソコソと隠れながら、嫌味を言われて休ませていただかないといけないのだろう。
私だって休みたくて休んでいるわけじゃない。
私が選んだ会社で、もっと働きたい。

私に力がないからいじめられるのだろうか。
そもそもどうして私はいじめられているんだっけ。
こうして考えると、私はどこの誰にもその必要性を求められていない、なんの価値もない人間に思えてくる。
友人が少ないのは、私の性格が終わってるからじゃないかとか。
今まで心から信頼できる人間って、いたことあったっけ?
秀才だと言われて育ってきたけど、大したことないんじゃないか。
ゼンは美人だと言ってくれたけど、ただのお世辞だったんじゃ。

時間が流れるのがとてつもなく遅く感じる。
早く帰りたい。
布団にくるまって寝たい。
今すぐ横になりたい。
もう嫌だ。
なんでこんなことばかり考えるの。
私は優秀。私は優秀…。


ゼンは、好きな子と付き合っただろうか。
連絡先も結局聞いてないし、あれからどうなったのか知らない。
連絡先を知らないのも、本当は教えたくないからだったらどうしよう。
私の愚痴を、心の中では嫌な気持ちで聞いていたらどうしよう。
本当は、ゼンも社内でいじめられているみじめな私のことを馬鹿にしていたら、どうしよう。
この先、ゼンに彼女ができて、もう私に会いに来てくれなくなったら。
嫌だなあ。



「腹いてーの?」

帰り道。
薬を飲んでだいぶ痛みは改善されたけど、突然の吐き気に襲われてアパートの目の前でうずくまっていた。
あとは階段を上がって家の鍵を開けるだけなのに。

じわり、じわりと情けなさに涙がにじんできていた時だった。
聞き慣れた声が頭上から降ってくる。

「あれ、昴だよな?おい。」

頭を上げる前にとっさに涙を拭いた。
こんなところ、見られたくなかった。

「あ、やっぱり昴だった。よかった〜。一瞬知らねー人に声かけたのかと思った。」

一人しゃべりが止まらないゼンは、表情をくるくると変える。

「なあ、立てるか?」

私の具合がどうも悪そうだとようやく察したようで、一緒にかがんで顔を覗き込んでくる。
今、あまり顔を見られたくないのだけど、とそらすと、追いかけてくる。

「泣いてた?」

おい、デリカシー。
本当に遠慮がないな。

彼が不在の家の中でも、うんざりするほど見かけたふわふわの黒髪を両手でわしっと掴む。

「うるさい。お腹痛いだけ。」

「なんだよー。小学生みてーだな。」

ズケズケとした物言いに、イラッとする。
これも体調のせいか。

「じゃー、ほい。乗れよ。」

加減した力で両腕を頭から剥がされたと思ったら、背中を向けられた。
しゃがんだ背中はTシャツが張り付いて、うっすらと背骨の形がわかる。

もう、なんだっていいかとヤケクソ状態で、その背中に全体重を預けた。
私が乗ってもビクともしない背中は、何人の男を殴って、何人の女を抱いたのかな。
どうせ本人には聞けないようなことを思う。
素直でかわいいあの子とは、結局どうなったのよ。
どうせなら他にも、聞けないことを心の中で思ってみた。
なんでここに来てくれたの?
頭の形が綺麗ね。
この微妙な長髪、暑苦しいからもう全部切っちゃいなさいよ。
毛が1本もないゼンを想像したら、笑えてきた。

くすくす笑う私を不審がって、ゼンがわずかに振り返る。

「なに笑ってんだよ。鍵どこだコラ。」

「カバンの、一番小さいポケット。ゼン、髪の毛切らないでよ。」

「はあ?切る予定なんてねーんだけど。」

くん、と一度身体を揺さぶって、私を背負いなおしてから、鍵を取り出して差し込む。
慣れたものだ。

私を玄関に座らせて、靴を雑に脱がせる。
私の足首なんで、すっぽり掴めちゃうんだ。
全然、知らなかった。

「昴、なんか今日体温高くねーか?いつも冷てーのに。」

大雑把な性格してそうなのに、結構細かい事に気がついたりとか。
以外と知らない事が多いんだなあ。

「たぶん今、熱、あるから。」

自覚するとぐっとだるくなる。
靴を脱がされた体勢から動く気配のない私を、ゼンが今度は米俵でも担ぐように持ち上げる。
私は負傷兵か?
しかも腹部が圧迫されて、かなりつらい。

「ね、ねえ、運んでもらって悪いんだけど…この大勢、結構キツい…。」

「まじか、ごめん。」

意識が、遠のく。
ゼンにお茶でも出してあげないといけないのに。
それに、いろいろしてもらったお礼もしないと。

ゼンが私に謝ったような気がしたけど、返事をする気力もなかった。

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