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ねむる

山口くんは私の恋人で、宇宙人だ。
山口くんが宇宙人であることをカミングアウトしてから季節は巡り、めっきり寒くなった。
私が風邪を引いたあの日も10月で寒かったが、今は雪がちらついている。
雪を見るのは、地球に来たばかりの山口くんにとって初めてのことで彼は彼なりにはしゃいでいた。

「山口さん。雪が白いってことは知っていたけど、冷たいんだねえ。水よりも冷たいなんて、聞いてなかったな。」

「誰かから聞いたの?」

子犬とじゃれるように雪に顔を埋める山口くんはほんの少し、おっかなびっくりといった様子だ。

「テレビとか、人伝てとか、本とかね。そういうのから聞いたよ。」

「山口くん、そういうのは見るとか、読むって言うんだよ。」

「そうかあ。僕って実態がないから、山口さんの目の前にいるみたいに見えても、本当はどこかで本を、読んだりしてたことがあったな。」

また、私が知らなかったことを平然と言ってのける。
山口くんはたとえ驚いたなと口にしていてもまったくびっくりしていないみたいな表情と口調で言う。
私は山口くんが不快そうな顔をしたり、冷たい声を出すところを見たことがなかった。

「それって私はそこに山口くんがいると思って話してるのに山口くんはどっかの図書館とかで読書してたってこと?そんなのひどすぎる。」

と私が怒ってみせても、

「好奇心に勝てなくてごめんね。でも山口さんの話を聞くのもすごく好きだよ。」

とかなんとか、趣旨がずれているようないないようなことを言って。
私は許してしまう。
私はもう、山口くんのことを好きかどうかと聞かれて、わからないと答える自信はなかった。



山口くんが電車に傘を忘れてきたと言ったのは、もうだいぶ家のそばまで歩いた時だった。

「宇宙人なのに忘れ物とかするんだ。」

私には新鮮な驚きだ。
宇宙人ってなんでも完璧にこなしてしまうイメージがあったから、うっかり忘れなんてこともあるのかと、不思議な気持ちになった。
しかし考えてみれば、山口くんは私に嘘をつかない代わりになんでも本当のことを話すから、完璧だと思ったことはなかったな。
キックベースを知らずに野球を知っていたし、そんな風に知識が偏っていることを恥ずかしいとも思わず素直に私に笑いかけたっけ。

もう家が目の前だし、どうせビニール傘なのだからと、私が「残念だったねえ」と歩き出そうとしたら、引き止められた。
山口くんの方から私に触れてくることはあまりなかったから、驚いて声を上げてしまう。
私は山口くんに驚かされてばかりだ。

「な、なに。」

「取りに戻ろうよ、傘。」

「えええ。もう家目の前だよ?」

心のなかでさっきも思ったことを口に出す。

「そうだけど、取りに戻ろうよ。まだ時間も遅くないし。」

「だって、ただのビニール傘でしょ?」

また、心の中で思ったことを言った。
あれ、私も結構山口くんに、思ったことそのまま言ってるかも。

「そうだけど、あの、傘が、気に入ってるから。」

今日は妙に食い下がるな。
あの傘、大切なものなんだろうか。
別に、私が買ってあげたものでも、一緒に買ったものでもないけど。
山口くんの個人的な思い出があるのかな。
そう考えると、少し、ほんの少しだけもや、とした気持ちが湧いた。

「なにか思い出があるの?」

「いやあ、その。」

山口くんが言い淀むのは珍しい。
いよいよ気になってきた。
もう一押し。

「私との、じゃないよね?」

すると山口くんは、「えっ」というような顔をして、寂しそうに言った。

「僕の傘、山口さんとお揃いなのに…。」

何度も言うけど、ビニール傘だよね?
百歩譲って一緒に買ったならお揃いって言ってもいいかもしれないけど。
別々のところで買った、普通のビニール傘。
お揃い、なのかなあ。
結局、私に関係するものというのは分かったけど。
宇宙人、なのに、そんな寂しそうな顔するなんて。
でも、宇宙人だってそんな顔するだろう。
宇宙人だって、わずかなお揃いに一喜一憂するだろう。

「わかったよ。取りに戻ろうか。でも、電車の中に置いてきちゃったんなら今どこにあるかわからないよ?ビニール傘なら尚更、見つかり次第処分されちゃいそうだし…。」

私が折れてそう言うと、山口くんは途端に嬉しそうな顔に変わって、早足で駅への道を引き返し始めた。
私の手を握ったまま。

「大丈夫!こうして話している間に、今傘がどこにあるか探しておいたからさ、走ろう山口さん!」

「え、ええ?」

早足だった歩幅は徐々に大きくなり、私はほとんど引きずられていた。
本当はここにいないなんて嘘なんじゃないかと思うほど、山口くんはリアルだった。
でも普通の人間ならできないようなことをこうしてやってのけるから、やっぱり山口くんは宇宙人なんだと思う。
私の手を握り続ける彼を見て、そんなことはもうどうでもいいかと思い始めた。
私は、別にお揃いでもない傘を取りにこうして走る山口くんを、確かに愛おしいと感じたし、このままこんな日常が続けばいいとも思った。

傘を取り戻した山口くんは興奮気味に白い息を吐きながら私に笑いかける。

「へへ!ほら!僕の言ったところにあったでしょ?あそこで急行に乗り換えて先回りしといてよかった。」

駅を出てからビニール傘を広げた。
雪はもうやんでいたが、一応壊れていないか確かめるためだろう。
わかってはいたけど、ただ少し、さっきまでしっかりと握られていた右手を冷たく感じた。

ぱちん、と傘を閉じた山口くんが振り返る。

「帰ろうか。つき合ってくれてありがとう。」

もう日は落ち始めていて、冬だからか夕方でも辺りは暗い。

「寒くない?山口くん。」

わざとらしくふるりと震えてみせる。
両手を口の前でこすり合わせて、はあーっと息を吐きかけてみた。
指の隙間から、白い息が漏れる。

「だってほら、僕は宇宙人だから、寒いとかは感じないんだ。本当はTシャツだっていいくらいだよ。」

うん、知ってるよ。
山口くんはいつだって、暑くも寒くもないし、痛くも痒くもないってこと。
私はいつだって、ぶるぶる震えて、ダラダラ汗かいて、もやもやと、右手を凝視する側。

「どうしたの?」

気がついたら、山口くんはさっきよりもずっと近くにいて、私の顔を覗き込んでいた。
しまった、右手を見すぎた?それとも彼の左手を?

「別にぃ。早く帰ってあったまろ。寒い寒い!」

誤魔化すようにそう言って、山口くんの視界から逃げ出す。
と言っても、山口くんの視界は360°どころじゃないから無駄だけど。

「ねえ、山口さん。」

控えめに呼び止められる。
恥ずかしいから、気づいていたとしても何も言わないで!

「手。繋いでもいい?」

恥ずかしそうなのは山口くんの方だった。
困ったように眉を下げて、傘を持つ手とは反対の、すなわち左手を差し出して。

「僕、やっぱり寒いかも。」

それこそバレバレの嘘をつく彼は、子どもみたいだ。
なんたって山口くんは人間になってからまだほんの少ししか経っていない。
恋愛初心者どころではない。

「そう?しょうがないなあ。」

だから私が彼の左手をすくい取ってあげるんだ。
やれやれといった感じで、家路につく。
私たちは、ごく普通の恋人同士にしか見えないよね。

嬉しそうに笑う山口くんを見て、私も笑った。



「そんなこともあったねえ。」

ひと月前の出来事を話す山口くんは懐かしそうに笑う。
あの時と同じ笑顔だ。

「山口くん、あの傘あれから忘れてこないね。」

「だって、山口さんとお揃いだから。」

だから、それはお揃いとは言えないんだけど。
そう思ったけど、気持ちが嬉しかったから黙っておく。
ベタにみかんを食べながらコタツで温まる、なんと幸せなことか。
そんなベタな幸せの中に山口くんがいることも、なんと幸せなことだろう。

「はあー、面白い。」

あの時の自分の恋愛初心者ぶりを、自分で笑って涙を拭く山口くん。
そしておもむろに、「あ」とつぶやいた。

「そういえば、言ってなかったや。」

いそいそとみかんを手に取り、剥きながら

「僕の命は、もうそろそろ尽きるんじゃないかと思うんだ。」

と、言った。
その言い方があまりにも何でもないことのようで、晩御飯のおかずを教えるような口ぶりで。

あの時と同じ笑顔で。

「だから、なにかを成し遂げたりしてみたいなあ。」

続けてそう言う。
さっきまでの和やかな空気からは一変したけど、そんなことは構わない。
まるで平然と言うものだから、私は取り乱すこともできずいたって冷静そのもののような声が出た。

「どうして自分の寿命がそんなに明確にわかるの?」

「明確というわけではないんだ。そろそろかなあってただ、それだけだよ。僕という生命体は、人間の単位で言えば何年かおきに空気中に霧散して、新たな僕に生まれ変わるんだ。」

そんな信じられないことをなぜギリギリまで黙っていたんだろう。
私は、山口くんの恋人ではないの?

「それって、不死身ってこと?」

「不死身かなあ。僕の外側はたしかに僕のままだけど、中身は全く新しい僕になるのに。」

どうしてそんな風に、私の目を真っ直ぐに見て平気な顔をしていられるんだろう。
私の中で何かが決定的に崩れ落ちる音がしたけど、山口くんにはそんな音、きっと聞こえるはずもないんだ。

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