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わける

山口くんは私の恋人だ。
彼は三ヶ月ほど前に大学の中庭にあるなんだかしゃれたベンチで、天気の話でもするように私に告白をした。
私はその時別段好きな人もいなかったから、暇つぶしくらいの気持ちで承諾したのだった。
しかし、山口くんの告白の理由は変わっていて、私と苗字が同じだから気になって、というものだった。
それだけの理由でよく告白などするものだと思いはしたけれど、私を好きだと言うのならそれは嬉しいことで、断る理由も見あたらなかった。
彼との仲は良好だが、やはり彼は他の学生とは少し違っていると思った。
とんでもなく難しい理論をふと展開してきたと思えば、キックベースを聞いたこともないと言うし、かと思えばピエロを描くつもりがサンタを描いたりした。
しかし彼のそんなところが新鮮で、飽きないから別れようとは思わなかった。
彼といるのは楽しい。
私が山口くんのことを心から好きかと聞かれたらわからないとしか答えられないが、少なくとも不満になど微塵も思っていないのだった。

とはいえさすがに風邪をひいた時にお見舞いとしてリンゴを目の前で握りつぶして提供されたときは、さすがに私も驚いて静かに種をより分けることしかできなかった。
床が濡れてしまったので、私の鼻水を吸収するばかりだった残り少ないティッシュでりんご果汁を拭きとりながら何の気なしに笑って言ってみた。

「まったくもう。山口くんって時々、地球に来たばかりの宇宙人なんじゃないかと思うことがあるよ。」

すると山口くんは珍しくぱちくりと目をしばたかせて口をあんぐり開けた。

「山口さん。どうして僕が宇宙人だってわかったの?」

私はそれはもう驚いてしまって、果汁を含んだティッシュをそのまま鼻に突っ込んだくらいだ。
甘酸っぱい香りがした。


山口くんの言い分はこうだった。
自分は地球外生命体で、本当はこの場に存在しないのだという。
私や周囲の人間の五感に働きかけ、まるでその場にいるかのように見せているらしい。

「それじゃあ私は、その場にいない人を恋人と呼んで、看病してもらっているわけ?」

あんまりにも虚しくないか。

「言ってしまえばそうなるけど、でも山口さんの中では他の人と変わらず存在していることになっているんだし、地球にはそういう生命体は意外とたくさんいるんだよ。」

なんと突拍子もないことを。
山口くんだけじゃなく、もしかして友だちだと思っていた人も本当は存在しなかったのかもしれないとでも言うのだろうか。

「それは山口さん次第さ。いてもいなくても、たしかに見えて触れるならいるってことにしてくれてもいいしね。」

「そんな適当なことでいいの?それよりも、山口くんはどうして地球に来ようと思ったの?」

山口くんはさして長くもない理由を教えてくれた。
どうも彼に決まった種族や故郷はないらしく、霧や靄のように宇宙を漂っているようだ。
そうしてもやもやと漂っているうちに地球という生命体の多くいる星を見つけ、見てみたいと思った。
自由自在に他者の神経に働きかけることができる特性を使って、山口という男の子になることにしたらしい。

「じゃ、ほんとは山口って名前じゃないの?」

「名前は一応あるんだけど、人間には聞き取りづらい発音なんだ。きっと聞こえないよ。」

ためしに言ってみてもらったが、たしかにぼやっとした音にしか聞こえず、一番近い発音は「ゆん」だった。

「名前はゆんってことでいい?」

「もう山口の方がしっくりくるよ。ゆんも、正しい名前じゃないしね。」

「もともとの名前が山口じゃないなら、どうして私に告白したの?苗字が同じだから気になって、って言ってたじゃない。」

私は少し気恥ずかしかったが気になっていたことを聞いてみることにした。
きっと初めに目に付いた地球を知るのに都合良さげな女だったから、とかいかにも宇宙人らしい答えが返ってくるんだろうけど。

「それは…。」

と思ったのに、山口くんは意外にも照れたように目をそらした。
宇宙人も恥ずかしくて目をそらしたりするんだ。

「山口さんが、ひっくり返ったセミを助けてあげてたから…。」

恥ずかしがる方向は地球人とは少し違うみたいだった。

「それに、道路を渡ろうとするカマキリをわざわざ自転車をとめて捕まえて、端まで渡してあげていたし…。」

そういえば山口くんと出会ったのは三ヶ月前の夏だったなあと思い出していた。
冬だったら私ではない人を選んでいたのかもしれない。
ぼけっとそんなことを考えていたら、山口くんはにっこりと笑って付け加えた。

「僕は山口さんのそういう、命に平等なところを素敵だなあと思ったんだよ。苗字が同じだなんてただの口実。」

私は不覚にも、そのとびきりの笑顔と言葉にきゅんとしてしまった。

「そっか。あのさ山口くん、宇宙人って風邪、引いたりするのかな?」

「え、ううん。元々は実態がないから、菌とは無縁なんだ。」

それを聞いて私は、遠慮なく彼の唇を奪った。
宇宙人だろうと実態がなかろうとなんでもいいやと思った。
私の中では山口くんも、平等な命の一つだと思ったからだ。
三ヶ月も付き合っていたのだから彼と唇を重ねることは何度かあったが、まるで初めてした時のような気持ちだった。

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