3


調査兵団本部、兵舎西棟は
幹部クラスの兵士が使用している棟なので
新兵のアルミンにとっては
あまり縁の無い場所だ。
一度、エルヴィンの自室に
招かれたことがあるだけで、
それ以外では来たことが無い。
疲れを訴える重い身体を懸命に動かして
アルミンはリヴァイに言われた通り、
2階の角部屋へ足を運んだ。
しんとした廊下は薄暗く、
ぽつりぽつりと付けられたランプが
辛うじて足元を照らしている。
気付けばもう消灯時間が近い。


まずは血や汗で汚れた身体を清めたい、と
切実に思いながらも、
アルミンは角部屋の扉の前で立ち止まり
鍵穴に預かった鍵を差し込む。
かちゃりと音を立てて開いた扉の中は
閑散としていて、まるで生活感がない。
つい最近まで
リヴァイは古城で生活していたので
まだ荷物を全て移し変えていないのだろうか。

お邪魔します、と部屋の中には誰もいないのに
一言断ってから、アルミンはそろりと
リヴァイの私室へ足を進めた。
窓際のランプに火を灯し、
主がいない部屋の片隅に腰かける。
窓の外は暗くて何も見えない。
今頃東棟では、生き残った兵士達が
命あることを喜びあったり、
友の死を嘆いたりして忙しいのだろうが、
ここ西棟は不気味な程静かだ。




(…とりあえず、お風呂を借りよう)




来る途中、リヴァイの部屋の斜め向かい側に
共同浴場があるのを確認していた。
少々躊躇いながらも、
引き出しからバスタオルを一枚引っこ抜くと
入ったばかりの部屋をいそいそと後にする。

静寂に包まれた人気のない浴場に忍び込み、
勢いよく冷たい水を浴びれば
あの戦いの記憶が泥のように
排水口に流れていくのを感じる。
戦いで得た大切な情報だけは
忘れないように気を付けながら、
アルミンは俯き、冷えていく体温を感じていた。

無性に誰かに抱き締めて欲しくなったが、
今此処には自分の他に誰もいない。
仕方なく自身の両腕で身体を擦ってみるが
虚しさが募るだけで、余計に胸が苦しくなった。
アルミンは無心で備え付けの石鹸で
髪と身体を洗うと、手早く泡を注ぎ
バスタオルに身を包んでリヴァイの部屋へ戻る。
どうしても、汚れた衣服を
もう一度身につける気にはなれなかった。

まだ髪が乾いていないというのに、
アルミンは皺ひとつないベッドに横たわると
そのまま瞼を閉じる。
起きているとこれからの事を
嫌でも考えてしまうので、思考回路を
無理矢理シャットダウンしようと試みたのだ。
たまに、あれこれと深く考え込んでしまう
自分の脳を恨めしく思う。
いつだって最悪の事態を想定し、
そうならないためにはどう動けばいいか、
遡って考えた結果、
知りたくないことまで知ってしまったり
仲間に疑惑の目を向けることだってある。

ある人は自分を優しい人だと言った。
ある人は自分を勇敢だと言った。
言われる度に、
真っ先に自分自身がそれを否定した。
共に死線を潜り抜けた仲間を疑うような自分が、
優しいわけがない。
壁を破壊した巨人の正体を殺せなかった自分が、
勇敢なわけがない。
ただ、心臓を捧げた兵士として在るべき姿を
振る舞っていただけ。
仮初めの兵士。




(…本当は、僕は…
巨人が恐くて仕方ない、ただの臆病者なんだ)





傷付くことも傷付けることもない世界に行きたい。
その世界では、僕は優しい人になれるのかな。
誰にも刃を向けたくないんだ。
心からそう思う。
誰も信じてくれないかもしれないけれど。






◇◆◇◆◇◆




ギシリ、という音で
水底に沈んでいた意識は一気に浮上した。
今の今まで泥の海の中を泳いでいたように
身体は重かったが、アルミンは
近くにある気配に気付いて上体を起こす。




「兵長…?」




吃驚するくらいガサガサの酷い声が出た。
痛切に喉の乾きを訴えてくるが知らんぷりをして
アルミンは暗闇の中のリヴァイの姿を捉えようと
必死に寝ぼけ眼を凝らす。
ごしごしと目を擦っていると
彼がベッドサイドのランプを点けてくれたので、
漸く目と目を合わせることが出来た。
そこにはいつも通り、鋭利な眼差しで
此方を見下ろしているリヴァイの姿がある。




「お前…なんて格好だ、そりゃ」




呆れたような声でそう咎められ、
ふわふわと夢と現実を彷徨っていたアルミンは
一瞬で我に返る。
バスタオルで身を包んだままベッドに横になって
そのまま眠ってしまったのだ。
リヴァイの前であられもない格好をしている
自分に気付き、顔が沸騰しそうなくらい熱くなる。




「す!みません!!替えの服が無くて…!」



慌てて毛布を被り、
真っ赤な顔で素肌を隠すアルミンに対し
リヴァイは無言のまま
グラスに入った水を差し出す。
大人しくそれを受け取りごくごくと喉を潤す
アルミンを眺め、リヴァイは抽斗から
適当な服を出すと、今度はそれを彼女に手渡した。



「あの、タオルとか、ベッドとか、
勝手に使ってすみません…」



さっきから何も言わないリヴァイに萎縮したのか
アルミンはしゅんとして、
ボソボソと謝罪の言葉を口にする。
兵長が事後処理に追われている中
自分は裸同然の格好で
毛布もかけずにぐーすか寝ていたのだ、
呆れてものも言えないのだろう。
そう思ったのだが、ベッドに腰を掛けた
リヴァイは、驚く程優しい手付きで
寝癖のついたアルミンの髪を撫でた。




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