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傷付いた兵士達を安全な場所で迎えるのは
調査兵団に入団してこれが初めてのことだった。
自分は人類最強の兵士として
いつだって先陣を切って
壁外調査に挑んできたのだから。
調査には毎回、多くの犠牲を伴う。
瀕死の兵士を引き連れて帰還する事も
よくある事だったが、右腕を失い虫の息の
エルヴィンの姿を見た時には、
流石にリヴァイも目を瞠った。
超大型巨人と鎧の巨人を相手にしたのだ、
厳しい戦いを強いられたのは容易に想像できる。
引き連れて行った憲兵団の姿が殆ど見えないことも
この戦いの激しさを物語っていた。




「怪我人を先にしろ。急げ」




「は…はい!」




混乱している駐屯兵達に冷静に指示を飛ばし、
リヴァイは壁の上から辺りを見渡す。
辺りは暗く、松明の灯りだけが頼りの中、
待ち焦がれていた彼女の声が確かに聞こえてきて
人知れずホッと胸を撫で下ろしながらも
声のする方向へと足を進める。

アルミン、ジャン、コニー
エレン、ミカサ、ヒストリア。
やはり104期は悪運が強い。
あの状況から生きて帰ってこれたのだから。





「あの時、巨人の攻撃目標をあの巨人や
鎧の巨人に差し向けたのは…エレンじゃないの?」




「……お、俺は…」




「お前が巨人を操ったって言うのか!?」




「いや…まだ何も」





104期の面々は死地から帰還して早々
何やら白熱して議論を繰り広げている。
しかし彼らの姿が確認できる距離になると
その表情には疲労の色が濃く、
心身共にボロボロになっている様が
嫌という程見てとれて、リヴァイは眉を顰めた。
見たところ、
アルミンに目立った外傷は無いようだが、
目の下にはくっきりと隈が出来ている。
それも当然だ、ストヘス区のアニ拘束作戦から
彼女は殆ど休みなしに動いていたのだから。
足音を立てて近付いてくるリヴァイに気付かず、
アルミンはエレンを見上げて
早口で自身の推論を述べている。




「女型の巨人は叫び声を上げて巨人の攻撃目標を
自身に差し向けることが出来た。
エレンにもその力があって、あの時巨人が
僕らを無視してライナーに向かい続けて
いったのだとしたらーー…」




「…おい。お喋りは兵舎に戻ってからにしろ」





声を掛けると104期の面々の視線が
一斉にリヴァイへと向けられる。
驚いて口を開けるエレンとアルミン、
咄嗟に敬礼を返すジャン、コニー。
様々な反応を見せる彼らの姿をざっと見回し、
膝をつき浅く呼吸をしているミカサに
リヴァイは目を止める。
心配をかけまいと気丈に振る舞っているようだが
普段と比べて明らかに顔色が悪いことに気付き、
リヴァイは彼女にその場に横になるように促す。
眉間に皺を寄せながらも
大人しく指示に従うミカサのマントを捲り、
シャツに血の染みた腹部を見てすぐに兵を呼ぶ。
担架に乗せられて運ばれるミカサを見て、
こうなったのは自分のせいだと眉を下げるエレンに
アルミンは優しく声を掛ける。
ミカサは大丈夫だよ、と。
あのまま巨人と戦っていたら皆死んでいた。
エレンの力があったから
今、此処に立っていられる。




「エレン。それと…ヒストリア」




名を呼ばれた二人は顔を上げ、
リヴァイの鋭い双眸を見つめる。




「お前らはニファについてけ」




くい、と親指を立ててリヴァイが指し示した先には
ハンジ班に所属している女性の姿があった。




「…兵長…俺達は何処に…?」




「ブタ箱に入れる訳じゃねえから安心しろ…
お前らには一先ず安全な場所に居てもらう。
この混乱に乗じて悪さを企てる輩が
出てくるかも知れねぇからな」



壁の秘密を握るヒストリアと、
壁を奪還する唯一の希望であるエレン。
2人の存在を快く思わない人物が、
恐らく壁の中央に居る。
リヴァイの指示に大人しく従うべく
立ち上がるエレンの隣で、
突然ヒストリアが堰を切ったように泣き出した。
ユミルと引き離され、
壁に1人で戻ってきた状況を漸く理解した
彼女を襲ったのは、言い様のない喪失感だった。

一緒に、自分達のために生きようって言ったのに。
私よりあっちの方を選ぶなんて。
私を置き去りにして行くなんて。




「…裏切り者…絶対許さない…」




今までの"クリスタ"からは想像も出来ない程
ぶつぶつと攻撃的な言葉を吐き捨てる
ヒストリアを見下ろし、エレンは愕然としながらも
徐に彼女の腕を引きニファの後をついていく。
最後不安げにチラリと此方を振り向いたエレンに
アルミンはぎこちない笑顔を向けて見送った。




「諸々の報告は明日聞く。兵舎に戻って休め」




「は…はい」




エルヴィンが瀕死で動けない今、
調査兵団の頭はリヴァイとハンジの2人だ。
コニーが見たラガコ村の現状、
ライナー、ベルトルトとの戦闘、
エレンの"叫び"の力…
報告すべきことは山程あるが、
一先ずは休息をとれと言ってくれるリヴァイの言葉が
疲弊しきった身体にじんと染み渡る。
兵舎へ向けてのろのろと歩き出した3人を見て
リヴァイはその中でも一際小さな背中を呼び止める。




「アルミン」




名を呼ばれて立ち止まり、振り返ると
リヴァイは此方に向けて
きらきら光る何かを投げて寄越した。
チャリン、と音を立ててアルミンの手のひらの上に
乗ったのは、黄金色の小さな鍵だった。




「西棟の2階の角だ」



「…えっと…」



「近くに共同の浴場があるから使っていい」




「……はい」




西棟は調査兵団の幹部クラスの兵士が
使用している棟で、手渡されたこの鍵は
リヴァイの私室の鍵なのだろう。
アルミンが頷いたのを見てリヴァイは踵を返し、
対応に追われる駐屯兵達の間を
颯爽とすり抜けていく。
彼の姿は喧騒に紛れ、
あっという間に見えなくなった。




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